崇徳院
(十代目 金原亭 馬生)
 


(出囃子)

えー、(エヘン)我々のほうで、まあ、あの、よく箱入り娘、箱入り息子なんてぇことを言いますが、えー、昔は一生懸命、娘や息子を、この箱に入れといて大事にした。虫がつかないように。まあ、どんな虫がつくか分かりませんけれども。ところが、あんまり、ん、入れておくと、かいって虫がつくという。不思議なもんでございますね。大事にしていると、ファーといっちゃう。こればっかりは親御さんには、どうにもならないもんですね。今は大変にさっぱりしておりまして、うー、自分で、
「ねえ、結婚しない? 」
「う、うん? 何」
「結婚」
「ぼくと? 考えようかな。許婚がいるんだけどなぁ、クニに」
「そう? 古いのね。いいわよ。フン。じゃあ、隣りあたってみるから」
何だか分からないんで、まあ、やっていますけども、まあ、時代でございますね。まあ、そういう時分には、そういう時分らしいお話が出来ておりまして。(※話の流れから“そういう時分”は現代を指すと思われるが、馬生の言う“そういう時分”は昔の時代のこと)
 

 「あー、うん、どうしたィ。えー、お医者さん、お送りしたかい? あー、そら良かった。うん。で、あのとおりかい? 」
「エー、やはり、前(まい)のお医者さまと同じでございます。別に、何か悪いところは無いという。何か、くよくよ思いつめているものがある。うー、それを叶えてやれば、というような話でございますけれども」
「うーん、しょうがないな。もうあんなに痩せおとろえて。いや、お前さんも聞いてくれたかい? うん。あたしも、そう言われるたんびに、倅に聞くんだけれども、何とも言わないんだ。何も食べないしね。困ったもんだ」
「困ったもんですな」
「ああ、どうしたらいいかね」
「どうしたら、よろしゅうございましょうか」
「あーあ」
「あーあ」
「お前さん、あたしのマネばかりして。……あ、こうしよう。金兵衛よんできてくれ」
「え? 」
「あれはね、ちっちゃい時分からね、えー、あれと遊んでいてね、あれの言うことなら、よく聞くんだ。あれに聞かせましょう。え、呼んできてくれ。(※台詞冒頭の“あれ”は息子を指し、後の“あれ”は金兵衛を指すと思われる)
「あ、さようですか。かしこまりました」
「ああ、来たかい。金兵衛。うー、ちょっと上がってくれ。実はね、倅のことなんだけども」
「そうですか。具合が悪いってのは聞いてたんですけども、へー。で、あの、お葬式は、どういうことで」
「いや、まだ死んじゃいないよ」
「ああ、そ……こりゃどうも、あいすまんでござんした。で、いつ頃? 」
「ちょっ、まっ、殺すんじゃないよ。えー、まあ、ねえ、なんだ、つまり今度のお医者さんもそうなんだけど、何か、その腹ん中で思ってることがある。それを叶えてやれば、倅は、その、治るというんだ。うん。で、ばあさんとあたしと聞いたって、番頭が聞いたって、どうしても言わない。そこでひょっと気がついた。ね、金さん。お前さんはね、エー、あかんぼの時分から、あれの面倒をよく見てくれた。お前さんならね、聞き出せるかもしれない。聞き出しておくれ」
「そうすか。それだけのことで? これ、皆さん、ご心配……。親不孝なガキですね。あいつは。よーし、ようがすよ。ええ、カー、えへん。言うこと聞かなかったら、逆さに吊るして……」
「ちょちょちょ、あのね、わずらってるんだから、大事にね」
「分かってます、分かってます。ちょっと聞いてきますから。(部屋を出る)。ね、親ってぇものは(懐に手を入れる)ありがてえもんだね。ええ? ああやって、ねえ。(懐から手ぬぐいを出し、鼻をかみ、戸を開ける)エッ、【ごめんごめん(不明)】。あ、若旦那」
「あー、ああ、(両手を床について弱っている体)とうとう、お前を寄こしたか」
「分かってたんすか」
「お前を寄こすだろうと思ってた」
「何か腹に思ってることがある。それを言わないうちは、あたしはここを動きませんからね。(大声で)何を隠してる……ッ」
「(弱々しく)大きな声を出すな……。言うよ。言うけれども、お前、笑わないでおくれよ」
「笑いやしませんよ。人のことを聞いて笑う。ね、まして患ってる。それを聞いて笑うわけない。えー、しゃべんなさい。ね? 何です? 」
「実はね……十日ばかり前に、向島へ花見に行ったんだよ。……そうしたらね、ちょっと疲れたんでね、ばあやも連れて行った、ばあやも疲れたって言うから、
陰茶屋(かげぢゃや)に腰を下ろして、お茶を飲んでいる、すると、前に腰をかけて、お茶を飲んでいる娘さんがいる。この娘を見てあたしは、びっっくりした (※娘が先に茶屋に居る設定は珍しい。娘が先に立つなら、こちらの方が違和感が無いように思う)」
「はー、ひげか何か生えていたんですか? 」
「(苦い顔をして)バカッ、きれいなんで、驚いたんだよ。ね。ああ、世にはいい女がいるもんだと。こっちは思わずポーッと赤くなった。向こうもこっちが見つめたもんだから、ポーッと赤くなった」
「はあはあ、ポッポーってやつですね。はぁー、えー、で、どうしました」
「それでね」
「えっ、いきなりカッと、かじりついた? 」
「そんなことする訳ない。するとその人も、ばあやさんか何かを連れて来てたんだけど、立つときに軽く会釈して、スーッと行った。その後姿を見てぼんやりして、ひょいと見ると塩瀬の茶袱紗(ちゃぶくさ)が忘れてある。慌ててこれを後から追っかけてって、届けると、「ありがとうございました」と言って、自分の持っていた女持ちの扇子に「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川(たきがわ)の」という歌を書いて、あたしに渡してくれた」
「はー、あんまり聞かねぇ都々逸(どどいつ)ですね」
「(苦い顔をして)都々逸じゃない、百人一首の中でね、えー、これはね、崇徳院さんのお歌だ。「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に 会わんとぞ思う」。今は別れても末には一緒になりましょう。その上の句を書いて、あたしに渡してくれたんだ。それを持って帰ってくると、もう何だか分かんなくなって、ああ、世の中のことがどうでも良くなって、ただ、あの人に会いたい。その顔だけしか出てこない。お前の顔もこうやって見ていると……だんだん(笑いながら)似てきた。(金兵衛に近づいて)ねっ」
「ちょちょちょ、ちょ、【まった!(不明の叫び)】 驚いたねぇ。へー、それ、んなこと心配(しんぺえ)することありませんよ。そうですよ。はえー話が、その若旦那が惚れた女を、ここへ引っ張ってくりゃあ、いいんでしょ? それでおしまいだ。ね? うー、んな訳ないッ」
「(涙ぐむようにして頷き)探してくれるか? 」
「あー、探しますよ。で、んーと、どこに住んでいるん? え、どこに住んでいるん? 」
「……わかんない」
「わかんないって、大よそのところは分かりそうでしょ」
「確かに日本には住んでる」
「はぁはぁ(金兵衛、あきれた様に頷く)」
「江戸だろうね」
「江戸ね。日本と江戸ぐらいしか分かんない。あー、名前なんてぇんです? 」
「わからない」
「……何にも分かんないの? ただ、きれいな。それだ(ったら、と言おうとしたが若旦那の視線に気付き)、いやー、大丈夫すよ。探してあげますよ。えー、安心して待ってなさい。その代わり、ね、くさい。ちっとも湯に(湯屋の方向・上手を指差す)入らないんでしょ。ね。湯に入ってすっかり磨いて(あご下を軽く拭くような仕草)、え、髭でも剃って(右頬を撫でるように右手を上から下へ手を流す、髭を剃る仕草)、ね。髪結い(髪をなでるような仕草)を呼んできて、ちーんと、こう、くうっと(人差し指を立てて、軽く何度か回す。髷を結う仕草か)、きれいになって待ってらっしゃい。ねっ、連れて来ますよ。そのきれいな、ビックリするのを。ね、うん。じゃ。……何ですよ、力つけて何か食ってらっしゃい(丼?を食べる仕草)。こんなん(両手を頬に軽く当て流し、やつれた体)なってると嫌われますよ。ねっ、ようがすか? (部屋を出て)……まだ子どもだね。ゴホン、(両手を膝に置いてお辞儀する)えー、行ってまいりました」
「ほー、どうっだったィ」
「聞いてきました」
「ああ、そうかい。ああ、良かった良かった。ばあさん来なさい。聞いてくれた。何だい。え? 」
「それがね、えー、十日ばかり前に、んー、その、向島へ花見に行った? 」
「うんうん、ばあやと、それから定吉を連れて遣ったかな。何か、ともを連れて行っ、あの花見に遣りました。で、どうした? 」
「何か、陰茶屋で腰を下ろして、えー、お茶を飲んでいると、前に座った娘が、こらぁ、その娘を見ると、若旦那がびっっくりして、驚いちゃった。えぇ。髭が生えてると思うでしょ」
「そんなことは思わない。びっくりしたと言うことは、いい女か」
「いい……分かってんだね。親子なんですね。ええ。そういうことは分かるんだ。ゴホン。でね、えー、その、うー、娘がね、立つときにその、塩瀬の茶袱紗か何かを忘れてった。わざと忘れたんだろうね。お互い顔を見てポッポ〜〜と、なっちゃったんですから。え、その若旦那が届けると、その、その娘さんがね、えー、持っている女持ちの扇子にね、うー、何とか言ったね。……へ、変な歌、書いたんですよ。あの、言うでしょ。あの〜〜(人差し指を立てて軽く上下に振る)、あそこんところに、ほらその、大勢……大勢(両手を広げて人が沢山いる様子)居てさ。ね、こう(札が沢山ある様子)並べてさ。ねッ、『へぇ〜〜〜〜〜〜(カルタを読む真似)』って、『カ〜〜〜〜ッ(両手を出して札を探す仕草)』ってやる」
「ああ、百人一首か」
「うう……それそれ。それそれ。その中にね“すいとんくう”って奴がいるでしょ」
「……すいとんくうって人はいないが。あ、崇徳院さんか」
「そう、そうそう、そのその野郎です」
「崇徳院さんの句。んー、瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の 割れても末に 会わんとぞ思う か」
「そう、それなんですよっ。立ち聞きしてた? 」
「立ち聞きはしてないよ。よーく、分かってる」
「その、ね、真ん中からポキーンと(左右の手を上下に遠く離す)折ってね、上のほうだけ書いた」
「ほぉ〜、おまいさん、不思議な表現をするね。歌をポキンと折る、か。ほうほう。じゃ、瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の、と書いて、倅に渡した」
「そーなんですよ。その若旦那がもらうってぇと、ポーッとして、かいって来た。ね。それで、おかしくなっちゃった。ね、『(満面の笑みで)こうやって見ていると、その娘さんに……(若旦那の物まね)』」
「ああ、分かった分かった(いちいち、やらなくても良いという顔で)。それでどうした」
「そしたらね、『ああ、いいですよ。若旦那の病気ってのは、その、ね、娘をここへ連れてくりゃ、治るんでしょ。んー、連れて来ますよ』。え、そしたらね、パ〜〜っと顔に赤みがさしてね。あー、もう、もう大丈夫ですよ」
「ああ、そこまで聞き出してくれた。そりゃあ〜良かった。ありがと。ん。じゃ、お前な、先方に行ってな、お前さんが話を決めて……」
「いや、あの。そこまでは、いいんすけどね。ただ、先方っていうのが困っちゃうんですよ。あのー、住んでるところも分かんなきゃ、名前も分からない。ただ、いい女ってんですよ。えー。ですからね、ポーっとなってるところで、「もう少しだ、もう少しだ」ってんで(※何が“もう少し”なのか不明。金兵衛が、あともう一押しで女の素性が知れると思った台詞か)
「おい、お前、分からな……、あのね、倅はね、いいかい。あんなに具合が悪くなってる。ね。もし、それ見つからなかったら、どうする。あと、医者の話だと、三日か四日だってんだ。あのまんまだと。それがもし、見つかりませんって言ったら、ンーーと逝っちゃったら、どうする。お前は主殺し(しゅごろし)だよ。あたしはお前を生涯うらむ。逆縁ながら(刀を抜く仕草か)敵討ち……」
「ちょちょっと待ってください。ただ、それだけの、いい女を」
「探しなさい。もし探さなければ、あたしはお前を殺す。その代わり、探してくれたら、ね。お前の住んでる長屋、あれみんな、お前にあげる」
「へ?! あれ、あの、長屋、ぜんぶ……あたしが大家さんになっちゃう。(甲高い声で)エーー」
「家(うち)にあるお前の借金も全部、棒引きだ。ね。その他に十両やる。行っといで」
「え、ええ。で、見つかると、それだけで、見つからないと……(人差し指を立てて、上から下へ振る。刀を振り下ろす仕草か)。じゃ、行ってきます。(外へ出て)えらいことになっちゃった。さあー、こらえらいことになっちゃったな、おい。ゴホン。おい、今かいって来た」
「あ、さっきね、あの、あー徳どんが飛んできてね、今、こういうことになったって。まぁー、おまいさん、一生に一度の仕事だよ。しっかりおやりよっ。ね、とにかく大家さんになれるんだよ。んーとーだよ。一生に一度だよ。んー、もう、本当の正念場だからね。えー、あの、探しといで。ね。で、もしこれ、探さないようだったら、おまいってえ人は見込みが無いと思って、あたしは里に帰らせてもらって……」
「ちょちょちょ、ちょっと待ちなよ、おい。探しておいでったって、んー、まだ真っ暗だ」
「まだ真っ暗だって、いいじゃないの。寝ようってえの? そら図々しい……」
「だって夜歩いたって、分かりゃしない。とにかく、寝かしてくれ」
「じゃ、朝早く起こすからね。おやすみ」
「じゃあ、寝る。とにかく、寝なきゃ」
「起きなさい! 」
「まだ寝てやしない」
 えらい騒ぎ。弁当こしらえて、くぅ〜〜〜っと(胸の前で人差し指を回す)歩いたけれども、まるっきり分かんない。夜になって、ぼんやりして帰ってきて、旦那の所へ
「(弱々しく)行ってまいりました」
「おおィ、帰ってきたよ〜。あ、あの、いや、あの、そうそう、焼いてんの、ブリの照り焼き、な。そうそうそう、あの、お酒もつけて。さあさあ、疲れたろ、疲れたろ。そう、そうかい。え、で、先方のご返事は、どういうご返事だった? 」
「(弱々しく)へえ……」
「分かった? まだ分かんない。あ、そう。ブ、ブリ。あ、もう焼いちゃった。あたしが食べますから、そっち置いといて。お前さんね、ほんっとーに、あたしはね、お前さんを、探してくれなきゃ、斬りますよ。その代わり、こうしよう。ご褒美としてね、十両で足りなかったんだろ? 五十両やろう。……(下から上へ掌を上げる)行きなさい」
「(うなだれて)今、帰ってきた」
「どうだった? 見つかったかい? 」
「(弱々しく)ヘェー」
「情けないねぇ。どうやって探したんだよ」(※捜索一日目に尋ねるので違和感が無い)
「『この辺に、いい女いますか』って」
「馬ー鹿だね。おまえさん、その、んー、何にもないことはないよ。ゴホン、何かもらって来たんだろ。その娘さんから。うん、「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」。女持ちの扇子を。それが手がかりだよ。往来歩いててもダメ(※戦後の「崇徳院」は往来で「せをはやみ〜」と歌うが、それに釘をさす台詞)。床屋だとかお風呂屋だとか、ね。人が集まって、しゃべるところへ行って、こういう、その、歌をやるの。すると、どこの娘さんが、そういう歌が好きだったとか、嫌いだとか。そういうことが手がかりになるんだから。もう、早く行きなさいよ」
「少し寝かせてくれよ。何か食べさせて」
「見つかるまでは、食べさせない」
「助けて……」
 もう二日目に入って、三日目になると、もうフラフラになる。
「せをはやみ……、せをはやみ……。ああ、ここに床屋がある。ごめんくだはい」
「ああ、すいません。混んでんですけどね。少し待つようになりますが」
「え、かまいません。待たしてください」
「あ、そうすか? どうぞ、お入んなさい。(他の客に対し)ちょっと間あけてやって」
「へえ、ども、すみません。……ゴホン。せをはやみィ〜〜〜」
「(驚き、金兵衛をまじまじと見て)……何です? 」
「(一瞬、愛想笑いをし、暗い顔に戻る)岩にせかるる、滝川の……」
「(客)プッ、あーた、それ、崇徳院さんのお歌でしょ」
「(金)へえ、よう知ってますね」
「うちの娘が好きでね」
「(喜び、振り返って、ニコッと笑う。相手と話そうとするも、声が出ず、手だけが動く)し、しつれいですが、あーたの娘さんってえのは、十二、三日前、向島に花見に行きましたか? 」
「ああ、行きましたね」
「(半泣きになって)ご器量は、よろしゅうござんすか? 」
「ああ、そうですね。親の口から言っちゃあナンですが、ま、器量は良いほうですね。ええ、トンビがタカ、なんてえ言われてますから」
「とんたか……、あーたがタカじゃないですよね……(何度もうなだれ、顔をぐしゃぐしゃにして)……おいくつでしょう?! 」
「七つです」
「(驚いて脱力し)せをはやみ〜〜」
 もう、これからお風呂屋を二十軒、床屋を三十軒歩いて、夕方になると、
「あ……、若旦那よか先に、オレが死んじまう。えらいことを引き受けた。……この床屋に入ろう。ごめんくらはい」
「いらっしゃい。……あーた。今日、うちにいっぺん来なかったですか」
「来たかもしれません。三十何軒(なんげん)歩いてますから」
「へえ〜〜、床屋、好きですか? 」
「いえー……」
「あーた、確か髷(まげ)があったんですが、今、坊さんですね」
「ええ、少しずつ切ってったもんですから」
「やるとこないでしょ」
「脇の下を……」
「こりゃ驚いたね」
「へぇー、せをはやみ〜〜」
「よっぽど、その歌が好きなんだね。そこで休んでらっしゃい」
 そこへ威勢のいい、若い……遠出をすると見えまして、足ごしらえは厳重にして、
「おう、……ごめんよっ」
「おお、こりゃ、ゴホン。お店(たな)の騒ぎは、まだ済みませんか? えぇ、どうなりました? 」
「どうもこうもねえよなぁ。え? 騒ぎってぇのはさ、お嬢さんがね、うー、十二、三日前にね、向島に花見に行ってね。どっかでいい女……じゃない、いい男だ。女だから、男だ。な。寝てねぇんだよ、オレ。頭がポーっとしちゃって。そ、そのね、いい男。で、ボッとして、
それで、あの、何とかいう、「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」。オレ、この歌ね、夢にまで見るようになった。ね。「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」と書いて、その、うー、男に渡した。ね。帰って来たら病気なんだ。分かったから、そら大騒ぎだよ。可愛い一人娘だから、そんなこと。その男を探せったって、どこの誰だか分からない。もう江戸中探したけど、どうしても分からない。かなり良い男だからね。その扇子をもらった男は。しょうがないから、皆(みな)「くじを引こう」ってんで(皆でくじを引く仕草)ほうぼうやって、え、宗助さんなんか、北海道あたったよ。あー、あれ、可哀想に。今朝(けさ)一番で行ったんだけどね。オレはね、このとおり(引いたくじを出して)東海道だよ。しょーがねえんだよ。うーそらまぁ、すまねえけど、先(あごを触って、髭を剃ってくれという仕草)」
「(床屋の主人)そら、いいんですがね」
「(入ってきた男(上手)に向かって、両手を胸まで上げてにじり寄る金兵衛)五十……(両と聴こえず)、長屋……、やいっ!! 」
「ああっ(首を絞められる顔つき)」
「こんなんなっちゃったのも、おめぇを探そうとて、艱難辛苦は幾ばくぞ」
「何だよ、敵(討ち)……、何を? 」
「その扇子を貰ったのは、うちの若旦那」
「おめぇとこの若(旦那)っ? (金兵衛の着物の襟元?をつかんで)やい、こんちくしょう。てめぇ、
こんなところに居やがったか。てめぇを探そうとして、艱難辛苦は」
「おんなじこと言って……」
 (馬生、にこっと笑って)めでたく夫婦がまとまりまして、「崇徳院」でございました。


十代目金原亭馬生「崇徳院」
1993年NHK オンデマンド動画
・25分
(※2030年10月31日まで3日間105円にて視聴可)
上記の動画を速記化しました。
 

データ元では、
収録日:1982年3月19日
収録場所:イイノホール
会名:東京落語会(273)
番組名:夜の指定席
放送日:1982年6月12日
放送局:NHK-TV
と、あり、

備考欄には、
「(再)1993.04.26落語名人選、
東京落語会最後の高座」
と、記されていることから、
NHKの動画データ紹介文は、
再放送の年を表記していると
思われます。


また、動画データ紹介文で、
「熊五郎がその女性を探して走り回ります」
とありますが、
「熊五郎」ではなく「金兵衛」が正しいです。

 

テキストページに戻る

 

東京の「崇徳院」は、
三代目三木助系譜のテキストしか
存在しないと思っていましたが、
馬生の崇徳院は、三木助のものと
大きくテキストが異なっており、
主人公が大旦那に二回会いに行くなど、
上方の崇徳院の特徴を色濃く残している
ことから、速記化しました。


この十代目馬生の「崇徳院」を
今でも東京の噺家さんの中で、
話す人がいるのでしょうか?
また、馬生は、誰からこの噺を
教わったのか、
ご存知の方が、いらっしゃいましたら、
何卒、ご連絡ください。


また、速記に関する誤りなどの
ご指摘も大歓迎です。


 

inserted by FC2 system