「従者、お手柄」






人里遠く離れた荒野に、一人ぽつんと寝転がってエウディは絶望に浸っていた。

ああ、お家再興の夢も叶わず異国の地で果てるのかと。まだ若い彼の顔に大きな

痣が一つ。髪に埋もれて少し分かり辛いが、頭にはコブもある。盗賊に身包み一切

奪われた様に見えるが、彼の場合、同じ状況下にありながらもう少しばかり深刻だ

った。戦に破れ、従者を連れて逃げている途中、従者は何を思ったのか、それとも

主人を見限ったのか、エウディを裏切り、盗賊行為を働いたのである。乗っていた

馬も既に無い。金は言うまでもなく、剣も盾も鎧も一切合財失ってしまった。もともと

お家再興の為に出た戦である。それがとんだ裏目、というよりさらなる不運を呼び込

んでしまった。不名誉と死と隣り合わせの席を一挙に手に入れた彼は、絶望を通り

越してその心は今、虚無で満ち満ちている。

 空が青い。頬に走るひりひりとした熱も、頭の中で鳴る鐘の音も、ひたひたと忍び

寄ってくる恐ろしい飢えさえも、無気力に陥った彼の前で、それら生命のサインは

全て無に帰そうとしていた。覆い茂った草に埋もれ、土の匂いにまみれて彼は、あ

たかもそこから産まれてきたかの様に、そこからじっと動かず、そうして産まれた所

で死ぬのだと言わんばかりに全てを享受して、ただ最後が来るのを待っていた。




 そこへ運命の女神が彼の死に様に“いちゃもん”をつけに来たのか、彼の耳の間

近にある地面から、馬の蹄の音が入ってきた。それはどんどんどんどん近くなる。突

如、彼の見ていた空を覆うかのように一人のエルフが倒れた男の顔を覗き込んだ。

覗き込むと言うよりは、見下したといった感が強い。何しろエルフは馬に跨り、その

高みから荒野に落ちている彼を見たのだから。

「そこの御仁、何をされている?」

「何も」

エウディはそっけなく答えた。自分の恥を目撃されたので、彼は相手をけんのんに

扱ったのだ。

「何もされないのであれば、ただ死を待つのみ…そのおつもりか?」

「そうだ、もうあっちへ行ってくれ」

彼の視界からエルフの顔が消えた。しかしエルフは去ったのではなく、パッカパッカ

と馬を小さく巡らせただけの様である。

「見たところ貴方は騎士のようだが」

エルフは、エウディの服装ではなく、若く生やし整った髭を見たようである。

「さっきまではそうだったさ。でも今は野垂れ死に寸前のただの男だ。さあ、もうあっ

ちへ行ってくれ」

エルフはまた馬を小さく巡らせた。

「お前は潔く死を待つつもりらしいが、とんだ甘えったれの様だな」

言葉遣いががらりと変わったので、エウディは我が耳を疑った。

「騎士とは助かる命も粗末に扱う者を指すのか?風上にも置けぬ奴よ」

そう言い放って馬上のエルフは去って行く。

「ま、ま、ま、待て!」

そこまで言われてエウディは、がばりと上半身のみ起き上がった。

「お前に何が分かる!俺は全部終わったんだよ、家宝の剣も奪われて…何もか

も!!」

残り少ない体力を振り絞ってエウディはがなった。どこにこんな力が余っていたのか

彼自身驚くほどの声の大きさだった。エルフは馬上から体をやや翻して荒野に打ち

捨てられたエウディを一瞥する。

「お前の事情など知らん。ただ…」

そこまで言って彼は空を指差した。

「お前が終わったと思わぬ奴もいるらしい」

空に鷹が一羽、弧を描きながら滑空している。

「エディ?!」

エウディは鷹の名前を呼んで驚きの声を上げた。それは戦の混乱で行方が分から

なくなっていた彼の財産の一つだった。元々優秀な鷹ではなかったので、彼はとう

に見限っていたのだ。エディと呼ばれた鷹は空を行ったり来たりしていたが、終いに

は馬上のエルフに程近い枯れ木へと羽を休めた。

「あいつは俺の遣る餌でしか生き残れない奴ばかりだと思ってたのに…」

「どうする、鷹以下の男」

侮辱されたエウディは恨めしげにエルフを睨みつける。エルフは他のエルフには見

慣れぬ黒い髪を束ねて、意外にも逞しい体つきをしていた。身長も平均的なエウ

ディより高そうである。颯爽と馬を操る彼は、自分より余程立派な騎士のように彼

は思えた。

「あんたに請う。町まで…俺を連れて行ってくれないか」

「お安いご用」

今度は馬ごと翻してエルフはエウディの元までやって来る。自分の後ろにエウディ

を乗せるつもりなのだろう。しかしそれは叶わなかった。

「お、おい!何で鞍が無いんだよっ!!」

驚くべき事にエルフは裸馬に乗っていたのである。鞍が無ければ無論、鐙(あぶみ)

もない。そうなると脚の筋肉だけで馬の体を挟み、操らなければならないのである。

「乗れないじゃないか」

「なら走れ」

「2日も食ってないんだぞ?!」

「ではせめて歩くがいい。鳥以下の男よ」

「分かったよ。ああ…ちくしょう!馬から落っこちても俺は知らないからな」

エルフは初めて笑った。空に歯を剥いて笑った。およそエルフらしからぬ笑い方であ

った。

「たまに乗る程度とはいえ、私が落馬するのは猿が木から落ちるくらいの確率だ」

そう言って、町へ向けて馬を歩ませた。エウディは渋々彼の後ろをついて行く。鷹は

枯れ木から飛び立ち、荒野の中を進んで行く二人の様子を遥か上空から眺め、寄

り添うように飛んで行った。





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