貝の記憶
海の小波がどこまでも耳につく。
しかし海の底は驚くほど静かなものだ。
暗く…
冷たく…
しんとして。
固く閉ざされた口と、
何者も寄せ付けない頑丈な殻。
その内にあるのは何と脆い体か。
海流にあおられて、貝は旅をする。
流れ流され泥と砂にまみれる。
そんな時、ふと口をほんの僅かばかり開けてみる。
隙間から、太陽の光が揺れるその中で、魚たちが心地良さげに
泳いでいるのが見えた。
砂にまみれているのだから、見えるはずがないのだが、
貝にはその光景が、よく見える。
「わしもああなりたいものだが、そうはいくまい」
再び口は閉ざされる。
貝はまた旅をする。
あてもない夢を背負いながら。
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