付きもの

 ちょっと不思議な噺です。見台を使う機会が少なめですが、有るところを想像して頂けたらと思います。


(娘)なあ、おとっつぁん」
(父親)何や(草鞋を履きながら)」
(娘)なんで、おかあちゃん、死んでしもたん?(暗い感じではなく、あっさりと。やや不満げに)」
(父)…なんでって、病気や。新しいかあちゃんおんねやさかい、前のかあちゃんの話、もぉすな」
(娘)前のかあちゃん、なんて、言わんとってェな。(後ろを振り返り)今、奥におんねやもん。聞こえてへんし」
(父)聞こえとる。なんぼほど家狭いと思とんねん」
(娘)聞こえてへん。…おとっつぁん、どこ行くん。わても連れてってェな」
(父)あほ言え、子連れで出稼ぎに行く奴どこにおんねん(出て行こうとし、立つ)」
(娘)おとっつぁん! (袖を乱暴に掴む)」
(父)お、おまえなあ、幾つや。言うてみ」
(娘)…(むっとして答えない)」
(父)もぉ九つやろ。ええ年からげてなぁ(ええ年でもないと思い口をつぐむ)、…その辺のガキ締めてる姉御やろ。チビに笑われんで、おい」
(娘)締めてへん。わてより上の子ぉ、奉公(ほおこお)に行くんやもん。面倒ぉ見とるだけや」
(父)それを締めとる、言うねん。ほな、もぉ行くさかいな。達者で居りや(荷物を背にして出て行く)」
(娘)おとっつぁん! 」


(父)…おお、見送りに来てくれたんか。もぉ会われへん思たわ。何や、息切らして。庭まわって出て来たんとちゃうか。おまえな、母親やで。遠慮してどないすんねん」
(継母)あ、あんな話しとった後、通れるもんやあれへん(背中と胸に抱いた赤子を同時にあやしながら)」
(父)おまえが遠慮するさかい、あいつもごねよんねん。びしっとせなあかんで。なあ(と、赤子に話しかける)。なあ(妻の背中にもいる赤子の頭をなでる)。二人もおんねや。家のことも手伝ってもらわんと、お前、目ェまわすで。ほな、家のことあんじょお頼むわ。身体に気ィつけや、達者でな」
(継母)あんた(夫を見送る)」



「(継母・下手、戸を開け家に戻ってくる。辺りを見回す)…もぉ、家から居らんよぉになっとる。はぁ、いつもこうや。(赤子を下ろし、おむつを替え始める)用事頼もぉ思ても、居らんねん。勘のええ子ぉやな。もぉちょっと小さかったら、爪の先くらいは懐いてくれたかもしれんけど、あない大きィなってしもたら、もぉあかんなぁ(俯く)。せやけど、わても子ぉ産んだとこやし、そばにおってくれたら、どんだけ助かるか知れんもんでもないのに…。隣のおばあはんは、よお気にかけてくれはる、ええ人やけど、腰悪ぅしとるさかい、無理なこと頼めんし…」
(家の外で、子ども達のはしゃぐ声がする。切り取った竹をまたいで走って遊んでいる)
(竹をまたいだ少年)はいよお〜どおどおどおどお…、そこのけ、そこのけえい」
(娘)殿様のお出ましじゃあ〜〜ひかえい、ひかえおろう」
(幼子)わあ、殿様やあ〜」
(継母)この声、あの子、おるわ。(上手(舞台に向って左)を向き、慌てて玄関の戸を開け)これっ、あんたら(継子の娘と目が合い、息を呑む)、水増えとるさかい、川のほおには行きなや。日暮れ前には戻るんやで」
「「は〜い」」
「…(は返事をしない)いの、いのぉ。こっちいのぉ」
(竹をまたいだ少年・下手)お前の新しいおかあちゃん、優しそぉやな」
(娘・上手)ふん、うちにびびって口もよぉ出せん女や。おかあちゃんなんて言わんといて。今度そなこと言ったらほべたぶつで」
(少年)おお、こわ〜」
「(、走り出した少年を目で追い)ちょ・ちょっと、どこ行くねんな。わてがこっち言うてるやろ」
(少年)そっち、川のほおやんか」
(幼子)そおやで、そおやで」
(娘)あんたら、大人の言うこと、何でも真に受けすぎやわ。そおいうの『お子様』っちゅうねん。わてがおったら大丈夫や」
(少年)ほな、お前がそぉ言うなら、行こか。イェ〜(方向転換して走り出す)」

(川辺の土手)
(少年)うわあ、ものっそぉ水増えとるなあ」
(幼子)こわ〜」
(少年)こら、後ろ押すな、ふざけたら、どつくで(そう言いながら少年も小さい子の肩を小突き、落とす真似をし合って笑う)」
(娘)底のほおまで茶色ぉなって、なぁんも見えへん。…なあ、その竹でな、どれくらい深いか見てみよぉ」
(少年)どないすんねん」
(娘)こおしたら、ええんやんか。竹馬、貸してみい(竹の先を川の中へ入れる)」
(どっぽっーん、ずぶずぶずぶ・・・)
(少年)お前、肝据わったぁるなあ」
(娘)感心しとらんと、てったいィな。結構、力いるで(川の流れに引っ張られそうになる)」
「(幼子、ふと指差す)あっ、なんやろ、あれ」
(少年)なんやって、何や」
(幼子)流れてきよんの、あそこ(川の上流部を指さす)」
(少年)ああ?(川の流れに抵抗するので精一杯)」
(幼子)ほら、竹に近(ちこ)おなった(指さす)」
(娘)き、着物や…えらい膨れたぁるな」
(少年)ひょっとして、中に人、入っとるんとちゃうか? 」
(娘)何言うねや、ただの水吸ったベベやないか(まだ竹を放さない)」
(少年)せやけど、水吸っただけでこな膨れるか?なあ、これ、子どもとちゃうん。着物の柄もそおやし、大きさも、ちょうどわてらくらいやんか」
(娘)さっきから、何ごちゃごちゃ言うてんの。竹放したら、承知せんで。あんなもん、すぐ、どっか行くわ」
言うてる間に、その膨れた着物やらが『ぐる〜り』表を向きかけまして…(手の平を半転させる)
「「わあ〜〜〜!!!! 」」(竹を放り投げて、子どもらが逃げ出す)
「(、駆けている最中に、傍を走っていた幼子がこけた事に気づき、足を止める)あんた、何やってんのん(助け起し、幼子に付いた土をはらう)」
「(少年、駆け足で一時、女の子の前に止まる)お前んとこの、新しいかあちゃんの言う通りやったなあ。わて、もぉ夜中に小便(しょんべん)行かれへんわ。(思い出し身震いする)うわあ、成仏しさらせや」
(娘)ちょっと、あんた、小さい子ぉ放って行ってどないすんねん。…よしよし、膝、血ィ出たなあ。堪忍やで。わてが悪かったわ。おぶったろ、おぶったろ。もぉ泣きな」



「(継母・上手、娘が帰ってきたので視線を上げる)ちょっと、あんた、いつまで外で遊んどるん。もぉ、日ィ暮れとるやんか。恐いおっさんに連れてかれても知らんで」
「(娘・下手、上目遣いで睨みつける)」
(継母)へ、返事くらいしたら、どおやの、この子ぉは」
、黙って、台所へ行き、鍋からおかずをよそって、釜からごはんをよそって、勝手に食べる)
(継母)もお、ええ加減にし! 家の用事も手伝わんと、よお、そな勝手なこと」
(娘)ああ、うるさ。あんたは家に居さしてもらってんのやで。(箸を置く)うちに口挟まんといてェな(布団を敷いて寝る)」
(継母)この子ぉは、ほんまに…(固く目をつぶる)」


また別の日でございます。(小拍子)
「(子どもらがチャンバラごっこで遊んでいる)たあっ」
(少年)てあっ、そらっ、とあっ! 討ち取ったりィ! 」
(娘)あんた、お姫(ひい)さん、もっとかばわなあかんやろ」
(幼子)ねえやん、なんで、あんたがお姫(ひい)さん、せえへんの? わて、お姫(ひい)さんすんの嫌や」
(娘)あんたが、いっちゃん(一番)小さいんやから、しゃーないやんか。お姫(ひい)さんは、いっちゃん弱い子ぉがするもんや」
(幼子)いやや、わても、足軽の大将、するぅ」
(娘)百年早いわ。大きいなるか、強(つよ)なったら、やらしたるさかい」
(幼子)いやや、いやや」
(少年)何ごねとんねん。おう、せえ坊、もう家に帰るで」
(せえ坊)もぉ、帰んの? 」
「(少年、西の方を見て)そろそろ日ィも暮れてきたさかい。一番星さん、さっきから出とるで。ほなな」

(娘)…皆、おらんよぉになってもた。ふん、おもんな。たあっ(棒を振り回す)。家に去(い)ぬの嫌やなあ。だって、おんねやもん。飯炊いたらどっか行ってくれたらええのに。とおっ、てやっ(岩(見台)を叩く)。あっ、折れてもぉた。(折れて飛んで行った木切れの方を見ると、男の足が見えて、女の子は身体を強張らせる)だっ、誰や、あんた…」
(ヒュ〜〜ドロドロドロ…)
「(はお面を被っている体で、扇子を開いて顔を隠す)…誰か、知りたいか」
(ドロドロドロドロ…)
(娘)しっ、知りとおない」
(ドロドロドロドロ…)
(男)おっちゃんなぁ、あの世のもんやねん。お前のおかあはんに会わしたろぉか、連れて行こぉか」
(娘)あ、会いたいけど、連れていんで欲しィない(恐くて俯く)」
(男)こっち見ィな。顔、見したるさかい、驚くでェ」
「(、震えながら、男の顔を見ようと、徐々に視線を上げていく)」
「(、開いた扇子の尻を持ち上げ、口元だけ見えるようにし、にたぁ、と笑う)…連れて去(い)のぉか」
(娘)わあ〜〜〜ッ!! (駆け出す)」


(娘)はあ、はあ、はあ…」
(継母)お帰りィ。あんた、今日はちょっと早いんとちゃうか? やっとええこと一つしてくれたなあ。…どぉしたん、顔まっ青やで」
(娘)出てん」
(継母)何が」
(娘)お化けや。お面被ったお化け」
(継母)この辺の人とちゃうんか。あんたを驚かそぉ、思て… 」
(娘)ちゃう、きっとちゃう。だって、連れて去(い)のぉかって」
(継母)…人さらいかいな。ちょっとここら廻って、皆にふれに行くわ。あんた、家の奥に居り。そこに、チビらもおるし、囲炉裏に嵌らんよぉ、見といてや。わてはこれから戸締りして、ちょっと間ぁ出るさかい、表(おもて)の戸ぉの心張り棒だけ頼むで」
(小拍子)
(継母)ほな、行てくるわ。しっかり閉めや」
「(、継母が出て行く姿を目で追うと、玄関の戸を閉め、心張り棒を詰める。家の奥に行って、赤子をあやしながら、抱きつく)…あのお面の人、口元しか見えんかったけど、あの、あの、あの新しい、おかあはんに、よぉ似とったなぁ。うぅっ、恐ぁ(赤子のお腹に顔を埋める)」
「…去(い)のぉかあ… 」
「(、ふと顔を上げると、悲鳴を上げる)わあーーーーッ」
「(格子窓から、お面を被った男が覗き込んでいる。※顔は全て晒さない。扇子で顔を覆い、目だけ見せる)…連れて去のぉか。…なあ、日暮れ時まで、あんなとこでひとり居んのって、ここに居りたくないから、そぉしとるんやろ。ここ、おもんないんやろ。つまらんのやろ。おっちゃんと、一緒に去のぉな。おかあはんに会わしたるさかい、なぁ。一緒に去のぉな」
(娘)厭やあ、どっか去んでェな、お願いやさかい、どっか去んで…(二人の赤子を抱きかかえながら手を合わせ、女の子、身体を小さくする)堪忍して… 」

「(継母、ドン、ドンドンと戸を叩く)帰って来たでェ。ちょっとここ、開けてぇな。帰って来たで」
「(、ぱっと顔を上げて、はじける様に雨戸の所へ行く。恐る恐る雨戸を開ける)」
(継母)この辺、聞いて廻ったけど、そんな怪しいもん、見た人おらんかったで。せやけど、あんたが見たのは確かみたいやし、ちゃんと言うといたさかいな。…どないしたんや、あんた、そな、俯いて」
(娘)で、で、で…(消え入りそうな声で)出てん… 」
(継母)何が。……え、ここの、格子から、見てたて。(顔をしかめて)気味悪いなあ、ちゃんと閉めたと思たけど、開いてたんやなあ(格子窓を閉じる)。雨戸閉めて、表の戸ぉも…こっちはちゃんとしたぁるな。よし、もぉ、これでええやろ。ほな飯(まま)食うて寝よか。え、飯要らん。それやったら…まあ、先、布団敷いて寝とき。こらこら、一坊泣いとるやんか。そな、しがみついたら、苦しい苦しい言うてるやろ。ほら、放しィな。……何や、泣いてるんか。(女の子の背をさする)しょーない子ぉやな、昼間あれだけ騒いどるのに、お化け一匹でこぉなんのん」
(娘)一匹ちゃうわ、うちに気安ぅさわらんとって(継母の手を払い、布団を敷きに行く)」
(継母)あっ…。…(遠くに呼びかけるように)飯残しとくさかいな、お腹減ったら食べや」



 それからと云うもの、女の子、恐くてよぉ、日暮れは一人で歩けません。ほんまは、これがまともなんですが、ちょっとひねてる子ぉでしたから、しゃ〜なしに、日暮れ時に家へ帰るようになりました。
 また別の日でございます。

「(飴売りの男、しゃがみ込み、俯いて飴を並べ売り声を言っている)え〜、飴ェ〜。飴ェ〜、飴はいらんか〜。ただで、あげるで、美味しい飴やで〜」
(子ども)何や、珍しいなぁ。ここらに飴売り来るなんて」
(少年)もらいに行こか」
(子ども)そやけど、恐いなあ。知らん人やもん」
(娘)あんたら、何ごちゃごちゃ言うてんの。わてが一番にもらいに行ったるわ」
(飴売りの男)え〜飴ェ〜。飴はいらんか〜」
(娘)おっちゃん、ただってほんま? (女の子は立っているので、飴売りを見下ろす)」
(飴売り)ほんまやでェ。どれにする? 色んな色あるやろ。赤がええか、黄色いのがええか、白いのがええか」
(娘)どれが一番美味しい? 」
(飴売り)どれも美味しいでェ。好きなん取りィ」
が手を伸ばそうとすると、飴売りの手が、女の子の手首を掴む)
(娘)なっ、何すんねや、放しィな」
(飴売り)…おっちゃんの顔、見覚えあれへんか」
「(、恐くて相手の顔が見れない)なっ、無い、無い! んなもんあれへん」
(男)おっちゃんの顔、見てみィな。今日は、お面してへんでェ…」
(娘)厭や、見ィへん。放してェな、放し、言うてんねん。ど、どつくで」
(男)やってみい、やってみい」
「(、目をつぶって殴る)たあっ、たあっ! 」
(男)ふん、こんなもんかいな。ちょろいもんやなあ」
(娘)う、嘘や。わての拳骨(げんこ)が効かんなんて」
(男)そこらの小坊主と、一緒くたにせんとってェな。おっちゃん男やで(ぐぐっと、女の子を引き寄せる)」
(娘)たっ、助けてェな、ちょっと、あんたら、助けェな」
(少年)おい、何か様子が変やで。(棒を持って)おい、こら、おっさん、何すんねん。その手ぇ放しィな(棒を振り上げて、相手の頭に数発入れる)」
(男)……ったいなぁ、コラ。おい、何さらすねや。お前らに用ぉはあれへん。とっとと、去(い)ね! 」
「(少年、なおも棒を振るう)はよ、逃げんかい」
(娘)せやけど、わても棒あるし、加勢するわ」
(少年)あほ、何言うてんねん。こいつ、お前を売ろうとしとんのやろ。はよ逃げぇな」
(男)退け、邪魔じゃ(男、少年を突き飛ばす)。邪魔や、言うてるやろ(他の子らの頭をぶつ)」
「うわああん(他の子どもら、泣き出す)」
(突き飛ばされた少年、上半身を起し)はよ、逃げんかい! 」
(娘)ごめん、堪忍してな(逃げ出す)」
(男)待たんかい! こら」
(娘)……はあ、はあ、どこに逃げたらええのん。はあ、はあ。木に登ろぉか、あかん、そんな間ぁあれへん。櫓(やぐら)に登ろぉか、あかん、登ってきたら終いや。はあ、はあ、家に、逃げな。そこで、戸ぉ閉めたら… 」

「(継母、戸の開く音がして視線を上げる)今日は早いこと帰ってきたなあ。……どないしたんや、血相ぉ変えて。えっ、お面の男かいな。今日は面なし。もぉ承知せんで…」
そう言いつつ、女の子を家の奥にやって、玄関の戸ぉに心張り棒(しんばりぼう)をはめ込みます。鍋と鍬を持って、相手を待ち構えますと…
「(ドンドン、ドンドン)おい、ちょっとここを開けぇ、ちょっと開けぇ」
(継母)あ、あんた、どこのもんや。え? うちの子ぉに、手ぇ一本出させしまへんで」
「(、継母の言葉に顔を上げる)」
(男)開けぇ、言うてるやろ。面倒ぉな子ぉ、引き取ったろぉ、言うとんねや。いらん子ぉなんやろ。ちゃんと、行くとこあんねや、なあ、おとなしゅう、渡しィな」
(継母)あんた、その声で、あの子に『一緒に去のぉ』言うたんか。えぇ? 一歩でもここに入ってみぃ。この鍬でなぁ、春の田んぼ耕すように、ざっくり裂いたるさかい、覚悟しィや」
(男)なぁ、いらん子ぉなんやろ。いらん子ぉなんやろ…」
(継母)しつこい、ちゅうねん。はよ去にさらせ! 」
(辺りが静かになる)
「(継母、玄関の戸に耳をそばだてる)……どっか行ったみたいやな。あんた、大丈夫か。
そな手首掴んで、どおしたんや。腕掴まれたんか。隠さんでもええやろ。青胆でけたんとちゃう? 見してみ」
(娘)嫌や」
(継母)……今日は、傍で寝よか」
(娘)寝ぇへん、一人で寝れるわ」
(継母)何で、そんな目ぇで、おかあはん見んねや」
(娘)あいつ、あんたによぉ似てる。親戚ちゃうのんか。わてに嫌がらせしよ思て…」
(継母)何、あほな事…。あっ、ちょっと(女の子、布団を敷きに行ってしまう)。はあ、何で、こぉなるんやろ。子ぉは二人いっぺんに出けるし、うちに男手おらん。一番こたえんのは、上の子ぉに嫌われることや。もぉ、濡れ衣もええとこやで、ほんまに。あの男、今度会ったら、承知せん…。…あっ、顔分からんのや。…ん、わての顔によぉ似とるらしいなぁ。ほなもぉ、見たら、一発やろ。(腕をまくって手鏡を出し睨む)鏡見て、よぉ覚えとこ」


(少年)お〜い、昨日は大変やったなぁ。どや、怪我してへんか?」
(娘)あんたのほおこそ…どないやねん。一発どつかれたやろ」
(少年)あんなん、尻餅ついただけや。せえ坊も、大層に泣いたけど、こぶもでけてへん。せやけど、飴売りには気ィつけなあかんなぁ」
(娘)そおや、ここら廻って皆に知らせな」
「(少年、駆け出す娘を目で追う)おい、ちょっと、待ちィな」
(小拍子)
「飴ぇ〜飴はいらんか〜飴ぇ〜。ええ子には、ただであげるで。美味しい飴いらんかぁ〜」
(少年)あいつ、懲りんと、のうのうと居てけつかる」
「(、目を細めて)何か、昨日とちゃうよぉな気ィするわ……二人組やった?」
(少年)そぉか? 片方の奴、昨日と同じよぉに見えるけどなあ。あっ、あいつら、何も知らんと、飴貰いに行きよる。あかん、あかん…」
(娘)あんたら、飴なんか貰いに行ったらあかんで! そいつ、人さらいや!! 」
(飴売り)な、なに言うねや。わしら、そんなもんやあれへんで…… 」
(娘)何で、ただで飴あげるん? さらいやすい子ぉ見つけるためやろ! 」
「「(幼子ら)ぅわあ〜っ、人さらいやぁ〜!!」」
(飴売り)あっ、あっ、ちょい、待ち。待ちィ言うとんのに。ちゃうで、おっちゃんらは、そな…。逃げんでええんやで、人さらいとちゃうんや。ああ〜、皆逃げてもぉた…。おいっ、メンのガキ、なにさらすねや。商売あがったりやで」
(娘)ふん、タダでものあげて、何が商売や」
(飴売り)それはなぁ、前口上やないか。タダやでぇ、言うて人集めんの。それから、また別の品もん出す、これが商売やで。そうやろ。お前ら何も知らんから、そなこと言うねや。これやから田舎もんは嫌やで、商売も何もさしよらん」
(娘)それやったら、小さい子ぉ集めんと、大人から相手にしィな。疑われてもしゃ〜ないで。この辺、物騒ぉなんやからっ」
(飴売り)もぉ、メンのガキは敵(かな)んなあ、ぽんぽんぽんぽん、ものを言いくさる。(相棒の方を向き)おい、人目が悪いわ。今日のところは、去(い)のぉ」
「(少年、立ち去る飴売りを目で追う)…お前、つくづく、肝据わったぁるなあ」
(娘)こぉいうのを、朝飯前っちゅうねん、覚えとき」



(小拍子)
(少年)おいっ、今日は何すんねや?いい加減、ちゃんばらも、竹馬も飽きたでぇ」
(娘)今日はな、(得意げに)きのこ狩りしょ〜思て」
(少年)きのこぉ? まだその時候とちゃうやろ。きのこ言うたら秋やで」
(娘)ゆんべ、家帰る前に、裏山のほおで見たんや。出けんの、秋だけとちゃうで」
「「(幼子ら)うわ〜きのこやて、採りに行こ、採りに行こ」」
(少年)大丈夫かぁ、毒きのことか、あんで」
(娘)ほな、あんただけ、留守番しとき」
(少年)そなこと言いなや〜。付いてく、付いてく」
ぞろぞろっと、子ども達だけで裏山に登りますと、村が一望できます。
(少年)ええ景色やなあ」
「(は景色を見ておらず)松ばっかりや。きのこ、ちゃんとあるかいな」
(幼子ら)きのこ、きのこ…。あっ、アレ、誰やろぉ」
「(、ドキッとして、顔を上げる)…知らん子ぉらやな。上(かみ)の村の子ぉやろか」
(上の村の子)あ〜っ、お前ら、何もんじゃ」
(少年)お前らこそ、何もんじゃ」
「す、すぐ、そこの、上(かみ)の村のもんや、そな目ぇで見ィなや」
(娘)何しに来たんや」
「(上の村の子、女の子と口を利くのが恥ずかしいのか、口をすぼめる)何って、山を、その…楽しみに来たんやないか。今日はちょっと、遠出したけど。まさか、こんなとこで、わいらと似た様な年のもんと会うとは思わなんだ。お前らは、何しに来たんじゃ」
(娘)きのこ狩りや」
(上の村の子)ぶーッ、きのこ狩り、やて。なあ、聞いたか(後ろの仲間と笑い合う)。こんな時候にあるわけ無いやろ」
(娘)…一本も無いって言うんやな? 」
(上の村の子)な、何や、その口の利きかたは」
(娘)あったら、どないする? 」
(上の村の子)見たんか? 」
(娘)見たから、来てんのや」
(上の村の子)ふぅん、(女の子をちらっと見て)…ほな、わいらも手伝ぉか? 見つかったら、山分けでどぉや」
(娘)ええけど、七・三で、わてらのもんやで」
(上の村の子)なんちゅう、欲の皮突っ張った女子(おなご)や。あかん、あかん。五・五や」
(娘)思いついたのは、うちやでぇ。しゃ〜ない、六・四でまけたるわ」
(上の村の子)敵(かな)んなあ、ほな、それでええわ。ええやろ、お前ら(後ろの仲間に賛同を求める)」
わ〜っと一斉に、子ども達が山に散っていきます。迷うには、少々小さい山ですが…
(少年)探したら、あるもんやなあ。ちょっと小さいけど。おいっ、どないしたんや。はよせんと、ええの取られるで」
(娘)あの村の子ぉらの中に、うちにおる人とよぉ似てる奴おるわ」
(少年)どこや」
(娘)あそこ、二本松のとこでウロウロしとる」
(少年)ほんに、そおやな。弟とか、親戚の子ぉちゃうか。お前の新しいおかあはん、上の村から来たんやろ」
(娘)そぉやった? 何か、目元といい、口といい、見てたらムカムカしてくるわ」
(少年)いちいち、相手にすなや。それよりも、きのこやろ。…おい、こっちの木の根元、ごっついの成ってるで。来てみィ、来てみィ!(人を呼び寄せる仕草)」
「「(上の村の子ら)うわぁ〜ほんに、えらい大きいやつ成ってるなあ」」
(例の子)食べれるやろか?」
「(、むっとして)これ、見つけたん、あんたとちゃうで」
(例の子)わかっとるわい、食べれるか、っちうて聞いとるねん」
(娘)そんなん、知らん」
(例の子)ええ〜、せっかく、きのこ採りに来てんのに、知らんかったら、どおにもならんやんかぁ。…わて、知ってんで。これ、食べれるねん。昔、おとっつぁんが、採って来たやつと、そっっくりや。試しに、ちょっと食べたるさかい、それで何ともなかったら、お前ら、ここのきのこ、山分けしィな」
(娘)ちょ、ちょっと、あんた、いきなり… 」
「(例の子、きのこをかじって、もぐもぐ食べて飲み込む)…ほらっ、何ともないやろ。そらそら、山分けじゃ。わいが毒味したから、六・四とは言わさんでぇ、五・五にせえ」
(娘)それはええけど、あんたほんまに大丈夫か? 」
(例の子)何ともない、言うてるやろ。ぴんぴんしとるやないか(胸を叩く)。…ん? 」
(娘)そら、言わんこっちゃない。顔色おかしィなってきた。ちょっと、あんた、しっかりしィ」
(少年)わて、大人呼んで来るわ(立ち去る)」
(例の子)う〜ん、う〜ん… 」
(幼子ら)うわあ〜ん」
「(上の村の子、幼子に向って)あほ、泣くな。(例の子に向かい)おい、しっかりせぇ。お前…」
(例の子)痛いィ…苦しいィ…おかあはん…(がくっと意識を失う)」
(上の村の子)しっ、死んでもおた…えらいこっちゃ、ほんに、どどど、どないしょ〜。はよ、わいらの村のもんにも知らせなぁ」
(娘)ちょ・ちょっと、あんたら…(上の村の子が走り去るのを目で追う)…殺生やでぇ、わてにずっとここにおれっちゅうのんか。(幼子に向って)ああ、ああ、泣きな。えっ、ちびってもおたんか。もぉ、しょ〜ないなあ。(例の子の顔を見て)死んだら、もぉどないもこないも出けへんし、先に、この子ぉら山から下ろそ。泣きな、言うてんのに。一緒に山下りよ、な、山下りるでぇ」
 いったん、裏山を下りまして、大人を呼びに行った男の子と一緒に、女の子も山を登りました。すると、きのこを食べて気を失った男の子の姿がありません。
(鍬持った大人)もぉ、上の村のもんが、引き取りに来たんやろ。……(子どもらを睨み)こりゃっ、お前ら、家の用事も手伝わんと、こんなとこで遊んどったんか。勝手に危ないとこ行きな、って口が酸っぱくなるほど言うてるやろ。誰や、言い出したんは」
(娘)わてや」
(鍬持った大人)またお前かいな。ええ加減にせなあかんで。ほんに女ゴンタやなあ。また、お前のおかあはん、怒られるがな」
(娘)ふん、ええ気味やわ」
(鍬持った大人)口数の減らんやっちゃなあ。今日という今日は承知せんで。いっぺん、お寺のお堂に括りつけたろか。ほんでなあ、お前の恐がってた、お面の男が迎えに来やすいよぉにしたる。どぉや、これ」
(娘)なっ、なんで、知っとんの」
(鍬持った大人)あれだけ大騒ぎして、何言うねや。村のもん、みぃんな知っとるで。はっはっはっ」
(娘)あいつが言いふらしたんやな…! 」
女の子、山をば〜っと駆け下りまして、家に飛び込むなり、継母と大喧嘩。勿論、この人は悪いようにはものを言っておりません。お面をつけた怪しい男が来て、娘がえらい怯えている、みなも気をつけるよぉにと、村の人に知らしてまわった、ただそれだけです。ところが、普段からやんちゃをしている女の子が、得体の知れんお面の男に怯えている様(さま)が、村の人には愉快だったのでしょう。噂が村中に知れておりました。女の子は悔しくて堪りません。


「(、石を投げる)・・・家に帰りとおない。…せやけど、一番星さん、出てもぉたし(西の空を見る)。…せやけど、帰りとおないなぁ。あかん、ぐずぐずしとったら、また面の男、出てきそぉやわ。もぉ何でもええ。隣のおばんの家に上がらせてもらお」


(小拍子)
(娘)おばん、ちょっと上がらしてもらうで」
(五十代後半の老婆)どないしたんや、あんた、まあ、こんな日暮れ時に。家(うち)へ、はよぉ、帰んなはれ。おかあはん、心配しとるさかい」
(娘)帰れへん。今日ぉから、ここで寝さしてもらうわ。お布団は、死んだおじいやんのがあるやろ? 飯は向こぉで、こっそり済ますさかい。まあ、夜だけや、辛抱してぇな」
(老婆)な、なななな、何、勝手なこと…。そな、あんた、勝手にしてもぉたら困るがな。おまはんの家(うち)は、あっちやろぉ? 」
(娘)いやや、帰れへん。ああ、そぉやで、わては勝手な子どもや。おばん、知らんかったん? ほな、(布団を引っ張り出して敷く)おやすみ」
(老婆)えらいこっちゃ…はよぉ、この子のおかあはんに知らせな」

(小拍子)
(継母)あんた、どれだけ人さんに迷惑かけたら気が済むん? おばあはん、困ってはるやろ。ええ加減、家(うち)ぃ、帰り! 」
「(、無視して寝る)」
(継母)これ! この子は。(老婆の方を向き)えらい、すんまへん。直ぐ、こっから退かしますよってに。ほんまに、もぉ! どんだけ手ぇ焼かすねんな(布団を引っ張るも、女の子に布団を取り返され、彼女は、家の奥に走って逃げてしまう)。これ! 待ちなはれ! これ!(捕まえようとするも、捕まらない。あちこち視線をやっては、捕まえる仕草を繰り返す) ・・・あかん、わての手ぇによぉ負えんわぁ。お向かいさん、呼んで来てもろて…」

(小拍子)
(向かいに住む男性)何やて、われんとこの子ぉ、テコでも動(いの)かんのかい。ほなら、わしに任せェ(腕をまくって、意気込む)・・・(老婆の家に上がり)おい! 大概にせぇよ。わしは手加減せぇへんからな。この…ガキ!(捕まえようとするも、捕まらない)、この…ガキ! ああ、あかん、すばしっこぉてかなわんわ。この村でいっちゃん、すばしっこいの呼んでこな、捕まらんでぇ」

(小拍子)
(村一番のすばしっこい男)この…ガキ! おい、待たんかい、ネズミみたいなやっちゃで。おい、この…ガキ! ああ、あかん。こりゃ、捕まらん。ちょっと頼みたいヤツがおんねんけどな、そいつ連れてきて、ええか? 子どもやけど、わてより早いんや。そこは請け合うで。ほな、ちょっと待ってんか」

(小拍子)
(少年)何や、お前かい。村で騒ぎ起しとるっちゅうのは。ふわぁ〜〜(欠伸)ああ、ねむぅ。お前、何しとんねや。え? 隣の家に、家出? ははっ、そら、おもろいなあ。 ええなあ、わてもやってみたいわ。まあ、うちに親父がおるさかい、そなことでけへんけど、ほんっまに羨ましいでぇ。おい、おっさん。悪いけどな、こいつ、わての友達やねん。そおいうことやから、あんたらの言うことは、よぉ聞けへんなぁ。…あっはっはっは、そな、怒りな。怒りな、て。ほな、また明日なぁ(女の子に手を上げる)。ぅわあ、めっちゃ怒っとる、さいなら、ごめん」

(小拍子)
(向かいに住む男)あのジャリたれ。今度、顔合わした時が最後やでぇ。せやけど、最後の奥の手ぇも逃げてもぉたし、どないしたらええねや。庄屋はんでも呼んで来たら、ええのんか」
(老婆)あ、あほな事、言いなさんな。そなことで、いちいち呼んでたら、むこさんの身ィが持てしまへん。わ、わてが何日かかっても家(うち)に帰るよぉ諭しますさかい、今日ぉのところは、どなたも、お帰りなされ。(女の子の継母に向かい)おまはんも、そおや。いつも気苦労ばかりするもんやから、目の下に隈こさえてもぉて、ほんに…。はよお寝な、乳の出ぇが悪ぅなる。なんぼ、ごねよっても、命には関わらんこっちゃで。わてが辛抱して、おとなしゅうしたら、向こぉも妙な事は起さんやろぉ。ほな、みなさん、どなたも、お休みやす」

えらい度胸が据わっとるもんで、この女の子、ついに隣の家に家出してしまいました。すると、その子ぉが一番年長ですから、自然と子どもたちも女の子を真似たがります。家出まではしませんが、女の子の悪い所を見習って、家の手伝いをせんようになりました。



(少年)なあ、なあ、今日は何して遊ぶんや。毎日毎日、おもろいなあ。お前と居(お)ったら飽きへんわ」
(娘)今日は、ちょっと高いとこ登って遊ぼか。ほんで、誰が一番高いとこから飛び降りれるか、競うっちゅうのは、どぉや」
(少年)はあ、そりゃあ、おもろそぉやな。ほな、行こ、行こ〜(幼子たちを手招きする)」
ぞろぞろっと、子ども達は、ごつごつした岡のある、村はずれのほおへと向います。

(少年)ひいふの、みっ(高い所から飛び降りる)。…どやっ、この高さから飛び降りる奴は、そおそお居らんやろぉ」
「「(幼子ら)わあ〜、あんちゃん凄いなあ。えらいなあ(拍手する)」」
(娘)ふん、そんなとこ、わてでも楽にでけるわ。見ときや、見ときや。ひいふの、みっ(高い所から飛び降りる)…どやっ。…なんで、あんた目ぇつぶるん。ちゃんと見とかなあかんやろぉ」
(少年)そやかて、お前、着物の裾が、なあ…」
(幼子)どないしたん? 」
(娘)着物の裾がどないしたっちゅうねんな。妙なこと抜かしたら、どつくで」
そお言いましたものの、そこから気乗りがせんよおになったと見えまして、この子は、小さい子の飛び降りる手伝いを主にするよおになりました。同じ年頃の男の子が飛び降りて、小さい子から喝采を浴びるさまを、妬ましそうに見ております。わてかて、やったらでけんのに…
(娘)…あ〜、おもんなっ。わて、そろそろ飽いてきたわ。なあ、ここらでちょっとええ話聞かしたろか」
(少年)なんや、おもろい話か」
(娘)おもろいかどぉかは、あんたが感ずるとこやけども(やや得意げに)、わてなぁ、この頃、妙に、付いとんねん」
(少年)鉄砲抜かすな、散々な目に遭(お)うとるやんか。面の男やろ、飴売りの男やろ、きのこ食って目の前で去(い)んだガキもおったやないか」
(娘)…あんた、あっまいなぁ。ベタベタのこてこてに甘いわ」
(少年)わて、甘いもん、すっきやでぇ」
(娘)あほ、けなしとんねん。『お子様』やっちゅうの」
(少年)何でや。散々な目ェに遭(お)うてんのとちゃうんか。お前、あれで嬉しい嬉しい思てたんか」
(娘)嬉しいはずあれへんやんか。せやけど、よぉ考えたら、よぉ〜考えたらやで、お面の男はそら恐かったけどもやで、みな、大事(だいじ)には至ってへんやろ」
(少年)何や、大事(だいじ)って」
(娘)わてが命落とすとか、大怪我するとか、そおいうことにはなってへんっちゅうてるねん。ぴんぴん(両手を曲げ伸ばしし)、しとるやろ」
(少年)ほおほお、言われてみたら、そおやな」
(娘)覚えとるか? 川に浮かんで流れてきた着物(ベベ)……竹に引っかかったやろ」
「(少年、さぶイボをさする体)うわぁ、思い出してもぉたやんか、言わんといてえな。(隣を指差し)せえ坊、もう、涙目になっとるでェ」
(娘)あれから、川んとこは恐ぁて、よぉ近寄らんよおになったけども、よぉ〜考えたら、アレ、わてらを川辺で遊ばさんよぉにしよおとした、神さんの御験(みしるし)やと思うねん」
「(少年、さも感心したように)へえ〜。(ふと気が付き)…せやけど、たまたまとちゃうか、それ」
(娘)よぉ聞きィな。それから、面の男やけども、これも、めっちゃ恐かったけど、よぉ〜考えたら、わてを夜遅くまで遊ばさんよぉにした…」
(少年)神さんからの使いや、言うんか」
(娘)せや。お稲荷さんとちゃうか、めっちゃくちゃ恐かったし。ほんで、飴売りの男、初日の奴は面の男や。これも恐かったけど、よぉ〜考えたら、アレ、二日目の飴売りの奴が怪しいさかい、気ィつけェ言う、知らせやと思うねん」
(少年)わて、どっちか言うたら、初日の奴のほおが恐かったけどなあ」
(娘)わてが一番恐かったわ。せやけど、二日目の飴売りがほんまの人さらいやったら、そら大したもんやで」
(少年)せやなあ。ほんで、きのこに当たった上(かみ)の村のガキは、っちゅうたら、それも…」
(娘)わてらに危ないきのこ食わさんよぉにしたんやろ」
(少年)ほおほお、うん!(膝をたたく) 言われてみたら、お前、よぉ付いたぁるなあ〜」
「(、笑いながら)だからな、わてにもぉ、恐いもんなんて、あらへんねん」
(少年)…え? 」
(娘)何やっても、ちゃんと前ぶれがあるんや。それ見て、いっちゃん危ないもん避けたらええんやろ。あんたら、わてにせえだい付いてきィや。危ない目ェからちゃんと逃げれるよぉになったぁんねんから」
(幼子)わて、ねえやんにずっと付いとくわぁ。わて、ねえやん、すっきやもん」
「(、少し驚いたように)おおきに、ええ子やなあ」
すると、後ろのほうで、高い所から飛び降る遊びをしていた、小さな子ぉが、どんっと落ちてしまいました。足をくじいたのか、ひどく泣いています。
(娘)ああ、泣きな、泣きな。あんた、まだ小さいのに、あんな高いとこから…」
(少年)おいっ、これが、神さんの御験(みしるし)か? 」
(娘)こっ、これは、たまたまや! こんなん、神さんせえへんもん」
(少年)お前ひとりだけ、助かればええっちゅう危ない神さんとちゃうやろな」
(娘)何言うねや、あんたは」
その男の子は、足を怪我した小さい子ぉ負ぶって、ば〜っと村のほおへ走っていきました。女の子も慌てて後を追います。

(怪我した子を抱く母親)あんた、えらいことしてくれたなぁ、どなしてくれんの、この子ぉの足。一生ぉ、びっこ引くことになったら、どないしてくれんねや。へ…返事くらいしィ(女の子の頬を叩く)」
(娘)そんなに子ぉが大切やったら、柱にでも括り付けといたらええやろ。今まで知らん顔しといて、怪我してから何で大騒ぎすんねや。わてを放ってたら、いつかこないなことになると、思てたやろ。他の子ぉがそないなってから、引き離したらええと思ってたんか。何で怪我する前から大事にせんかったん。何でわてと一緒に遊んだら危ない、一緒におったらあかんって言い聞かせへんかったん」
(怪我した子を抱く母親)よぉ、まあ、よその子ぉに傷負わして、そないなこと口にでけるな。あんたは鬼の子や、人の子ぉとちゃう」
(娘)鬼の子ぉやから、どおやっちゅうねん。わては、もぉ、おかあちゃんおらんねや。鬼の子ぉでけっこうやし」
(少年)おい…お前、待たんかい。…あ〜行ってもぉた。鬼の子って、えらい言いよぉやなあ。怪我した奴いっちゃん心配してたん、お前やんか。それに、おかあちゃん居らんって、なあ。……新しいおかあはん、ちゃんと居るやんか…(やや俯く)」


(五十代後半の老婆、寝ている子を揺する)ちょっと、みっちゃん。今晩も、うちに帰らんのんか? おばあはん、あんた来て、えらい色々してもらって…腰悪ぅしてるやろ、ほんに助けてもおて、ほんま有り難いこっだんなあ、思てんねんけど…、おかあちゃん、心配しとるでェ。そろそろ帰りィな」
(娘)嫌や(布団を被る)」
(老婆)もぉ…、また、わしの白髪どっと増えてもぉたわ。なあ、なあ。ちょっとだけや、ちょっと顔出すだけでも、おかあはん安心しよる。顔出し、顔。なあ。帰らんでええさかい、ちょっくら顔出しィな」
(娘)嫌や(布団を深く被る)」
「(老婆、ため息)…ほな、明日な。明日やで。明日はきっと帰ってや。おばあはん、これ以上あんた居ったら、寿命縮むさかい、ほんま堪忍してや」

…まあ、こういう台詞を毎晩の様に繰り返している訳なんですが、この女の子、やはり昼間に小さい子ぉを怪我させたのか気がかりで、夜、寝付けません。家出してきた家(うち)に、傷薬があったんとちゃうかなあと思い、真夜中、丑三つ時に、寝ているおばあはんの横を通りまして、こっそり、その家を抜けました。
 お隣さん云うても、なにぶん、村のことですから、家と家の間が、庭か何かでちょっと空いています。垣根を越えようとしているところへ……飴売りの男二人組みが通りかかりました。
「(飴売りの男1、ジェスチャーで、女の子を見つけ、隣の男を歩かないよう制して、口元に人差し指を当てる)」
「(飴売りの男2、おやっと思うも、相棒の目線の先を見て、なるほど、と思う)」
ここからは、飴売りの男たちの心の声です。以心伝心というヤツでして…。
(飴売りの男1)あいつ何日か前に、商売の邪魔した女のガキやないか」
(飴売りの男2)何や、こんな夜更けに」
(飴売りの男1)ははあ。あいつ、気の強そぉな顔してたけど、村で盗人やってけつかる、子どもやな。そやのおても、家にいつかん子ぉや。こら、ええとこに出くわした。おい、相棒ぉ、やってこませ」
(飴売りの男2)よしきた」
飴売りの男の一人が、音もなく女の子に近寄りますと、口元にばっと、ぶ厚い布切れを当てまして、声を出せないようにしてしまいます。すると、もう一人の男が、手早く、その子を簀(す)巻きにしてしまいました。えっさほいさと二人がかりで運んで、村の外へと向います。この男達、女の子が思ったとおり、人さらいでした。飴売りをしていたのは、この世を忍ぶ仮の姿。飴売りの商売をやっている人が危険な訳ではありません。あくまで、仮の姿です。…しかし、タダでものをくれると云う言葉には気をつけた方がいいでしょう。


「(人さらい弟分、肩に荷を担ぐ・後ろ)久々に、ええもん盗れたなあ」
「(人さらい兄貴分、肩に荷を担ぐ・前)そやな。これだけ口が立つんなら、何処へ出しても、
生きていけるやろ」
「(人さらい弟、前の簀巻きを見て)ちょっと値ェ上げといたほうがええんとちゃうか」
「(人さらい兄、正面向いたまま)わても、今そお思てたとこや。こいつ憎そい口の利き方しよるし、仲買人(なかがいにん)もびっくりするでェ。・・・おい、橋げたやで、気ィつけや」
「(人さらい弟・後)よっしゃ、よっしゃ。…おい、兄ィ、雨降って来よったなあ」
「(人さらい兄・前)なあに、小雨(こさめ)や。早いとこ、去(い)のぉな。えっさ、ほいさ、えっさ、ほいさ。えっさ、ほいさ・・・・ヒャアッ…!! 」
「(人さらい弟・後)何や、どないしたんや」
「(人さらい兄・前)ああ、びっくりした。橋げたに引っかかった木屑や」
「(人さらい弟・後)妙な声出さんとってくれるか。こっちまで肝縮んだわ」
「(人さらい兄・前)いやあ、月の明かりの加減やと思うんやけど、一瞬、人に見えたんや」
「(人さらい弟・後)げっ、そおいう気味悪いこと言わんとってェな。わて、苦手やねん」
「(人さらい兄・前)得意な奴もおらんやろぉ」
「(人さらい弟・後)そらそおや。兄ィ、良いこと言うなあ。はっはっはっは」
「(人さらい兄・前)おい、気ィつけて、そっと通れよ。けっこお大きい木屑やで。け躓(つまづ)いたら大変や。川にはまるでェ」
「(人さらい弟・後)おう、分かった、分かった。気ィつけるわ」


「(演者は、見台の後ろに姿を隠して、目だけ出す。瞳を動かして、二人の男が通るさまを見る。上手から下手に瞳が行き切ったところで、弟分の足を“急に”掴まえる仕草を取る)」


「(人さらい弟・後)ギャーーーーーッ!! (肩に担いだ棒を落とす)」
「(人さらい兄・前)ぅわあっ、どないしたんや(肩に担いだ棒が片方落ちたので重たそうにする様子)」

(人さらい弟)あ、あ、足、足ッ、足ィ…」
「(人さらい兄、そっと簀巻きを下ろす)ど、ど、どぉしたんや、いきなり」
(人さらい弟)足ィ、足ィ…」
(人さらい兄)足がどないしてん。ちょっと落ち着かんかい」
(人さらい弟)足ィ、誰か、わいの足ィ…つかみよった」
(人さらい兄)はあ? 誰がお前の足掴むねん。け躓いたんとちゃうんか? 」
(人さらい弟)ちゃう、ちゃう…あんなしっかり掴まれて…け躓いたのんとちゃう、きっとちゃう」
(人さらい兄)落ち着け、落ち着け…落ち着かんかい! 分かった、分かったから、そう喚きなや」
(人さらい弟)ふぅ、ふぅ…(瞳を見開き、ゆっくりと兄貴分の肩越しを指差す)ア…ア…ッ」
(人さらい兄)な、何や、急に指差しよって。わ、わしの、後ろに、何か…(そっと振り返る)ワーーーーーッ」
「(濡れた着物を着た男が、ぬぼっと俯き加減に立っている。やがて、ゆっくりと生気の無い顔を上げ)…一緒に、去(い)のぉかあ… 」
(人さらい兄&弟)でっ、出たァーーーーーッ」


「(、一人舞台に残されて、しばらく人さらいの後姿を見つめるように呆然とする。やがて、ゆっくりと、橋げたの上に残された簀巻きに視線を落とす。だんだん、眉間に皺が寄り、憮然とした表情で、面倒くさそうに、簀巻きの紐を解く)」
「(、口に当てられた布切れを自ら外す)はあ、はあ、はあ…。おおきに、どなたか知りまへんが、どおも、おおきに…(俯き、呼吸を整えるながら手を合わせる。笑顔で顔を上げると、見覚えのある男の着物に、表情が凍りつく)」
「(、女の子を凝視する)……、……、一緒に、去(い)のぉかあ…」
(娘)…かっ、堪忍してっ、下さい…。わてが、わてが、悪かった…。ええ子になるから、どおか、堪忍して下さい(手を合わす)」
(男)…おい、こっち、見ィな。おっちゃんの顔、見てみィな」
(娘)堪忍して下さい(手を合わす)」
(男)顔見ィ言うとんねん、しばかれたいんか(娘を蹴る真似をする)」
「(、恐々(おそるおそる)、視線を上にやる。夜なので相手の顔がはっきり見えない。目を細め、少ししてから驚く)おっ、おっ、おかあ、はん…や。やっぱ、おかあはん、やったんや…」
(男)どこに目ん玉つけとんねん。お前のおかあはん、男か? よぉ見ィ こら」
(娘)ほな、おかあはん、は、男やったん? 」
(男)あほ抜かせ! どこまで勘の鈍いガキやねん。おい、わしはなぁ、お前を助ける恩も義理もあれへんねんど。散々、悪さしよってからに、ほんま……何とか言うたらどおや!   (どん、と女の子の肩を突く)」
(娘)あっ…」
どっぼん
「(、しまったという顔)」
…川の浅瀬やったのが、不幸中の幸い。この子ぉは、着物を随分濡らして、泣きながら、自分の家に帰りました。

(ドンドン、と戸の叩く音)
「(継母、二人の赤子と寝ていたが、起きる)何や、こんな時分に。ひょっとしたら、あの子かもしれん。(手早く玄関の戸の心張り棒を取って、戸を開ける)。あんたぁ、よぉ、こんな夜遅ぉに…(心配そうな表情で、女の子の肩に触れ、着物が濡れている事に気がつく)どないしたん、あんた。えらい濡れてるやんか」
「(、気まずそうに俯く)…」
(継母)今、ふくもん持ってくるさかい、はよ中に入り」


 次に、この子が目を覚ましたのは、温かな布団の中でした。隣に赤子が二人、すやすやと眠っております。鳥のさえずりが微かに聞こえる薄ぐぅらい中、薪を切る音が響き、やがて水を運び、移し変える音が聞こえてきます。米を磨ぐ音、炊く匂い、お味噌汁の香り。家中の音と匂いが、皆、身体に染みこんできます。
(継母)おかい(粥)さん、喉通るか?…ほおか、いらんか。まあ、蓋して置いとくさかい、いつでも食べや」
母親が立っていった後(のち)に、雨戸を開ける音が聞こえ、朝の湿った風が家の中をふわ〜っと通っていきます。寝てる子を起さぬよう遠慮がちに掃除をする音。これは大丈夫と、裁縫をする鋏を使う音。針仕事の時に手で布をあしらう、ばざばさっとした布擦れの音。戸棚の中をがたがたと片付ける音。庭に野菜を植えようと鍬を入れる音が響きます。柿の木に止まった烏がカア。近所の子ども達の声。
(少年)おばちゃん、ねえやん、戻って来たか?」
(継母)よぉやっと、昨晩もんできたわ」
(少年)そおかあ、良かったなあ。もぉ起きとる?」
(継母)それがなぁ、風邪引いたみたいなんよ。声も小そおして、そっともんでくれるか」
(少年)風邪?! (慌てて自らの口を手で塞ぐ)…うん、ほな、あんじょおしたってな、
おばちゃん」

(小拍子)
「ちょっと、帰って来たんやって? 聞いたでェ。ほんで、寝込んでるそぉやんか。こないなこと言うて悪いけど、天罰が下ったんだっせ。あんたんとこの子ぉには、散々な目ェに遭(お)うてんやから。そら、数えたらきりありまへんでぇ。うちの子ぉの足かってそおや。まあ、あんたが産んだ子ぉとはちゃうけどな。せやけど、ちゃんと世話しなあかんやろ。あんたしか見るもんおらんねんし、ほんま…」
(継母)うちの子ぉが、えらいことしてしもぉて、ほんま、申し訳ないこって。これ、少ないでっけど、傷薬ですわ。どおぞ、どおぞ、よしなに…」
布団の中から、遠目に、継母が頭を何度も下げているのが、女の子の目に入ります。申し訳の無さに涙が溢れそうになったその時、その継母が、後ろを向いて歩き出したおばはんに、あっかんべーをしているのが見えました。
(継母)ふん、怪我の具合は、せえ坊の兄(あん)ちゃんが、逐一教えてくれてるっちゅうねん。もぉ歩けるよおになったらしいのに、大きな顔して、ほんま…イーだ」
中々、おもろい顔が出来る継母の横顔に、その子ぉは、初めて笑いました。

(継母)熱も引いてきて、やれやれ、やなあ。…もぉ、おかいさんのお替りは、ええか? (女の子の前に運んでいたお膳の上のお皿を片付ける仕草)」
(娘)おかあはん」
「(継母、聞きなれない言葉なので、やや緊張する面持ち)何やいな」
(娘)あんなぁ、わて、ごっつう悪いこといっぱいして、おかあはんに迷ェ惑かけて…ほんまご免やで」
(継母)そ、そおか。そぉ言うてくれると嬉しいわあ」
(娘)何で、おかあはんは、何も聞けへんの?」
(継母)聞けへんって何をやな」
(娘)わて、水浸しになって帰って来たやろ」
(継母)ああ、あれは…その、あんたが、寝込んでるさかい、後から聞こぉ思てたんや。その内、話してくれるやろぉ思て」
「(、継母の顔をちらっと見て)あの、わて、おかあはんが、うちのことよぉ思てくれてんの、よぉ分かったわ。だって、おかあはん、わての事、心配しすぎて、生霊(いきりょぉ)まで出してきよんねんもん」
(継母)生霊? な、ななな、なんやの、それ」
(娘)おかあはんは知らんと思うわ。心配したら念がこもって…その、知らんとこで出るんやろ」
(継母)い、いつ、見たんや? お面の男か? お面の男やったら、うちの生霊っておかしいやろ。戸ぉ越しやったけど、口利いたやんか。じ、自分の生霊と口利いた人なんか、たぶん、おらんでェ」
(娘)そやけど、そのお面の男が出て、うち、日暮れ前に帰るよおになったやろ。飴売りの男に追い掛け回されたけど、アレ、知らん奴は危ない、近づくなっちゅう知らせやったんちゃうん。きのこ狩りの時かてそおや、わてらの替りに毒きのこ食うて死んだよおなもんやで。あの子ぉ、おかあはんによぉ似てたわ。…いっちゃんはじめはな、雨が降って水増えた川、見に行って、ほんで、どんだけ深いか見たろぉ思て、竹馬の竹、川に突っ込んだんよ。ほしたら、川上(かわかみ)から、男の子が流れて来てな、わてら、もぉびっくりして、わあっちうて逃げたけど、あれも、水かさ増えた川に近寄ったらあかんっちゅう知らせやったんかいなあって…」
(継母)ちょ、ちょ、ちょ、ちょと待ってくれるか。川上(かわかみ)から男の子が流れて来たって、何や、それ。初めて聞くで。きのこ食って苦しんだ子ぉは知ってるけど、川から流れて来た子ぉは、おかあはん、知らん。流れて来たって、どんな風に流れて来たんや。桃太郎の桃みたいにか? 」
(娘)その…わては、おベベ(着物)しか見えんかったし、よぉ分からんかったんやけど、『これ、子どもちゃうか』って言うヤツがおってん。そんで、そのベベがな、川に差した竹に引っかかって、その内、ベベがぐるぅって表(おもて)向きそおになったから…わあ〜言うて逃げてきたんよ。…おかあはん、どないしたん。顔色悪いで」
「(継母、娘の手を握る)…あんなあ、おかあはん、今までずっと黙ってたんやけど、いや、
話すつもりなんてこの先ずっとなかったんやけど、おかあはんには、同(おんな)じ年に生まれた兄(あに)さんがおってな。ちょうど、あんたぐらいの年に、川に遊びに行って……そのまま、帰ってこんくて……か、神隠しに遭(お)うてんよ」
(娘)…え?」
(継母)面の男が、わてに似とるって、あんたから言われたときは、そこまで嫌われとんのやなあって思ったもんやけど、ほな…それ…。あんたが川とか裏山で見た子ぉは、わてと別れた時のまんまの姿で、男のほおは、わてと同じ年くらいの姿やと思たら…」
(娘)…うっ、嘘や。だって、わてから見たら、血ィも繋がってへん人やろ。何で・・・」
(継母)…ひょっとしたら、うちの苦労思て、出てきてくれたんかもしれんなぁ。兄さんが、おらんよぉになった時はな、やっぱりおんなじ日ぃに生まれた子ぉは不吉なんやとか、周りから色々言われて、人の口に戸ぉは立てられへんやろ。上の村におるときは、家中暗ぁてかなんかった。嫁ぎ先も決まってな、やっと村出れる思たけど、急に二人も子ぉでけるし、あんたも、なあ、あんな感じやったさかい、えらい、しんどかったんやけど…。それで気ィ遣(つこ)ぉて出てきてくれはったんかもしれんなあ。思たら、ちょっと気ィの強い子ぉやったわ。きのこもな、勝手に食べて死にかけたことあってん。・・・せやけど、あんた、ちょいちょい意地の悪いことされてもおたなあ」
「(、半笑いで)…さ、最後はな、川に、突き落とされてん」
(継母)…ま、なんちゅ〜ことすんねやろ。あの人はもぉ、手加減知らんねんから。明日、お宮さん行ってな、お祓いしてもらいまひょ」
(娘)ええよ、ええよ。うち、この人、ずっと肩に付けとく。怒ると恐いけど、優しいおっちゃんやんか」
(継母)そんなん言うたかてな、あんた、嫌がらせみたいなんされとんのやで。また、わてと喧嘩してみいな。枕元に立つってな生ぬるいことする人とちゃうんやし」
(娘)ほな、ええ子ぉになってな、そんで、嫌なことされたら、お祓いに行くわ。だって、今までは、悪いことして、追いかけられたりしてたんやもん」
(継母)あんたなぁ…」


その内に、この女の子も、奉公ぉへ行く年頃になりました。大川に舟が一艘、村のそばに着きまして、同じような年の子ぉらが、わらわらと乗せられます。
(船頭)出るでえ〜…そぉらっ」
(ドンドン・ドンドン)
「(少年、欠伸をしながら)・・・ふあ〜ああ、あ。えらい待たされたなあ。どこいくねん、これ? 」
(娘)知らんのか? 船場っちゅうとこらしいで」
(少年)名前知ってたから、どないやっちゅうねん。どんなとこかも知らんねやろ。わて、こき使われるん嫌やなあ」
(娘)あんたは、こき使われてちょうどええくらいやわ。放っておいたら、どんどん『増長』するさかい」
(少年)何言うねや、こら。そら、お前も一緒やろ」
(娘)わては、上手いこと皮かぶるさかい大丈夫や。…せやけど、ええ天気やなあ。船出日和やでェ」
「(少年、岸を眺めて)ふん、お前が村から出てって、連中、ほっとしとるやろな」
(娘)何で」
(少年)何でって、お前、お面の男に色んな目ぇに遭わされて、もぉ、ええ子になるぅ言うてたのに、舌の根も乾かん内に…」
(娘)ちゃんと家のてったい(手伝い)はしてましたぁ」
(少年)平家の落ち武者狩りじゃあ言うて、そこらのガキしょっぴきまくったんは誰や」
(娘)だって、わて巴御前(ともえごぜん)、すっきやねんもん」
(少年)それが何で、落ち武者狩りになんねや。かなんで、八艘(はっそお)飛びしたいだの、馬あれへんから牛で崖下(くだ)りしたいだの言い出されたら」
(娘)…もぉ、おっちゃん出てきてくれんかったなぁ」
(少年)あ? 何やて? 」
(娘)何でもあれへん! わて、おかあはんとあれからあんじょおやってたやろ?ほんでええやん。…そおや、それでもぉ出てこんよぉになったんや。…あ! 」
(少年)な、何や、急に」
(娘)あそこに人、おんの見えへん? ほら、うちらと同い年くらい……ちゃうわ、ちょっと小さい子ぉや」
(少年)どこにおんねんな。お前、目ェ悪ぅなったんとちゃうか」
(娘)そなことあれへん。ほら、こっちに面(メン)切ってるよぉな子ぉおるやろ」
(少年)なんやて、おい、どこにそんな奴…、おい、こら、どこや、出てきさらせ(腕をまくって、船の外に向って叫ぶ)」
(娘)あはっ、うちのおかあはんによぉ似たぁるなあ。……あれ、メン切ってるのとちゃうわ。だって、にらんどるけど、何か、ごっつう寂しそうな顔しとるもん」
(少年)何や、お前、言う事ころころ変わりすぎやでェ」
「(、叫ぶ)おっちゃーーん! おかあはんによろしゅう言うとってなあ」
「(対岸の男の子、ちょっと嬉しそうに手を振りかけて、手を下げ、しかめっ面をする)な、なに訳分からんこと言うとんねん。そなこと、やってみいな。『あいつよろしゅう言うてたで』ってひょっこり出て言うてみい。……腰抜かすに決まったぁるやないか」(終)


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