宝船
(by三遊亭円遊)

その3

(権助と)入れ違って入ってきたのが、丁稚(でっち)の長松(ちょうまつ)。

長松「ヘエ、旦那様、お早うございます」

「オオ、長松か。どうした、貴様夢を見たか」

長松「貴様夢を見たか、何てぇ。小僧だって矢張り人間でげす。宝船の中へ転がって寝ていると、どうも結構な夢を見ました」

「どんな夢を見た」

長松「まず、私の夢が家中で一番良い夢でしょう。最高点でげすな」

「生意気なことを言うな。どんな夢だ」

長松「景物の良いのを貰わなければ話が出来ません」

「だけれども、話さない内は景物はやれない」
               い
長松「景物を下すっても宜いのでございますか?」

「どんな夢を見た」

長松「私(わたくし)がお店番をして居ながら、居眠りをしていたんで。すると表(おもて)の戸を、ドンドンドン、と叩く人があるんで、どなた様でございます(か)と言うと、御免下さいましと、女の声でございます」

「ウム」

長松
「どなた様ですか、商人(あきんど)は十時限りでございます、お買い物なら明日にして下さいと、こう言ったので。すると優しい女の声で、あの、こちら様に長松さんという小僧さんはいらっしゃいますかって、私を尋ねて来たんで。それでから私が長松は居りませんと断ると、私の声を向こうの女が知っているんで、貴方が長松さん。わざわざ尋ねて来たんですから、どうぞ開けて下さいと言うンで…

 冗談言っちゃいけません、貴女のような人は入れることは出来ません、と断ったので、すると開けないと小窓から入りますと言うから、戸の隙間から覗いて見ると、家の門口に弁天様(※)が立って居ります」
(※)七福神の紅一点。七福神は宝船に乗っている姿で描かれる事が多い。

「何だ、じゃあ何か、弁天様が貴様を尋ねて来たんで」

長松「ヘエ、そうでございます。この弁天様が私に惚れて居るんで……」

「忌(いや)な奴だな」

長松「私の為に恋わずらいをしているんで。何処から来ました(か)と言うと、軸物の中から抜け出してわざわざ尋ねて来たんで。それから私が見ると驚きました。綺麗でしたぜ。弁天様が、光った着物を着まして、色がまっ白で美(い)い女でしたよ。

 それから戸を開けたんで。すると店へ入って来まして、どうぞ夫婦になってくれろ、内儀(おかみ)さんに持ってくれろ、と言うので私はまだ年期野郎だから、どうも内儀さんなどは持てない、年期が明けたら、いづれご相談をいたしますから、それまで待ちなすって下さい、と言うと、どうしても聞かないんで、もう、ここの御主人に話しはしてあるんだから、貴方さえよければ、よいと言って下されば、今晩にもご婚礼が出来るんだと、どうしても弁天様が承知しないんで。

 それから私が旦那様の所へ来て、お話をしたんで。すると旦那が仰るには、じゃあいい、俺が仲人(なこうど)になって婚礼をさせてやろうと言うので、いよいよ、弁天様と私が夫婦になって、それで私がこちらの養子になりました。

 スルと、長松と弁天様が夫婦になったと大変な評判で、どうも家が繁盛して、ソコで千両箱をウンと積み上げる。お金が沢山出来て嬉しかったんで、快(い)い心持ちになりました、(その)所で目が覚めてしまいました。

「何だ、それで終いか。しかしどうも結構な夢を見たな。今年は宝船を買ったばかしで皆が目出度い夢を見て喜ばしいから、皆に景物をやろう。……何だ権助、そこを閉めて」

「イヤ、あんた、今まで晴れていたのが急に曇って雨が降って参りました」

「ナニ、雨が降ってきた。待て待て、縁起が悪いな、折角ここで目出度いと思ったのに、雨が降るとは気になるな」

長松「ナーニ旦那、雨が降って来たのは縁起が良うございます」

「雨が降って来て縁起が良いとは、どういう訳だ」

長松「宝船で弁天様の夢を見れたから」

「ナニ、宝船で弁天様の夢を見たから。……、ウム」

長松「雨が降って来ても縁起が良うございます」

「ハテな、宝船で弁天様の夢を見たから目出度い…」

長松「エー、旦那よく考えて御覧なさい。“ふる”は千年、“あめ”は万年と申します」


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