宝船
(by三遊亭円遊)
その2
サア、楽しみなのは御主人だ。もう夜の明けるのを待っておりました。帳場格子の内には景物が山のように積んである。一番早いのが番頭で、 番「旦那様、お早うございます」 主「イヤ、番頭かえ。どうだ夢を見たか」 番「ヘエ、まず私(わたくし)の夢が第一等でございましょう」 主「ハア、どんな夢を見た」 番「昨晩、私が寝ますると」 主「ウム」 番「富士山の途中まで登りました」 主「お前が………、ウム」 番「途中まで参りますと、鷹が二羽おりまして、下を見ますると一面の茄子畑で」 主「ウム」 番「一富士二鷹三茄子と申します。これはその夢の司(つかさ)だそうで、これより好い夢はありますまい」 主「ウム、それは結構な夢を見た、景物をやろう。マァお前のが一番良さそうだ、糸織が一反に金を五円やろう」 番「有難うございます」 主「目が覚めたら、後(の人)をよこしなよ」 番頭が景物を貰って参りますと、佐兵衛(さへえ)という若者が起きて参りまして、 佐兵衛「番頭さん、お早うございます」 番「佐兵衛さん、お目出度い夢を見たか」 佐「ヘエ、貴方は夢をご覧なすったか」 番「俺は見たよ」 佐「アレ、貴方は景物を貰いなすったね」 番「ウム、糸織が一反に金が五円」 佐「一体、貴方の夢はどういう夢なんで」 番「どういう夢といって、お前、どうした」 佐「貴方のを聞かして下さい」 番「俺のよりもお前のはどうした」 佐「ヘエ、私(わたくし)は実は、夢を見ないんで」 番「見なくっちゃあ、景物は貰えない。仕方がない、諦めるんだ」 佐「ですけれども、私も景物をもらいとうございます。貴方の夢を少し貸して下さいな」 番「同じような夢では訝(おか)しいね」 佐「マア、ようございます。大丈夫で、真似はしません。どうか聞かして下さい、どういう夢だか」 番「俺の夢は、昨夜(ゆうべ)寝ると、富士の途中まで登った。すると途中に鷹が二匹居る、下を見ると一面の茄子畑、それで、一富士二鷹三茄子といって、夢ではこれが一番良いのだ」 佐「ヘエ、それで景物を貰ったんですか。どうも有難うございました」 番「真似しちゃいけないよ」 佐「大丈夫で……、ヘエ旦那様。お早うございます」 主「オオ、佐兵衛か。貴様、夢を見たか」 佐「ヘエ、私の夢が一番宜しゅうございます」 主「どんな夢を見たか」 佐「ヘエ、昨晩寝ますると」 主「ウム」 佐「私が富士へ登りました」 主「お前が」 佐「途中を見ますると、鷹が二匹居ります」 主「ハテな」 佐「下を見ると一面の茄子畑、一富士二鷹三茄子といって、これが夢では一番良いのだそうで」 主「ハハア、番頭と同じような夢だ。宝船はどうもその夢ばかりかしら……。マア宜しい、景物をやろう。糸織が一反と金が五円………、目が覚めたら後(の人)をよこしな」 佐「有難う存じます」 景物を貰って帰ってくると、権助が目をこすりこすり起きて参りました。 権助「ヤア、お早うございます」 佐「オイ、権助どん。どうしたえ」 権「ヤア、あんた景物を貰ったな」 佐「そうさ」 権「あんた、どんな夢を見たか」 佐「俺は見ない、番頭さんから夢を聞いて行って、景物を貰って来た」 権「ハハア、番頭さんの夢を、あんたが貰ったのか。じゃあ、どうだ、俺にも、ハア、チョックラ貸して貰いてえ」 佐「そう幾度も同じような夢があっちゃあいけない」 権「ナーニ、大丈夫だ」 佐「お前はどうした、見たか」 権「それがよ、俺、昨夜(ゆうべ)好い夢を見べえと思って、宝船をがっさり貰って、身体から床の上までのっけて、宝船の中に転がって、今に夢が来るか来るかと、俺ァ寝ていただ。スルと遂に夢を見ねえ内に夜が明けてしまった」 佐「じゃあ何だね、寝なかったのだね。夢というものは寝なくちゃあ見ねえ」 権「だがよ、俺だって夢を見なくっても景物は貰いてえや。番頭さんの夢をチョックラ貸してくれ。どんな夢だかハア、聞かして貰いてえ」 佐「番頭さんの夢は富士の途中まで登ったので、途中に鷹が二匹居たんで、下を見ると一面に茄子畑。一富士二鷹三茄子といって、これが夢では一等だ」 権「それで景物を貰ったのか。それなら俺もやるべえ」 佐「オイオイ、そう幾人も同じような夢じゃあいけないよ」 権「ナーニ、大丈夫だ……、ハイ旦那様、お早うございます」 主「アア、権助か。どうだ貴様、夢を見たか」 権「見たの何のって、結構な夢を見ましたよ」 主「どんな夢を見た」 権「昨夜(ゆうべ)、ハア、宝船を貰って行って、良い夢を見ようと思って、宝船の中へ転がって寝ていると、あんた、山があった」 主「ハテな、矢張り山か……。富士山かな」 権「それがあんた、筑波(つくば)の山よ」 主「ハア、筑波山か」 権「その筑波へ、俺が登ったんです。スルと途中に鳥が二匹居たでがす」 主「ハア、鷹かな」 権「ナーニ、あんた鳶(とんび)(※)よ」 (※)残飯や死骸も食うので、鷹よりも低い印象を持つ。鳶が鷹を産むということわざが有。 主「鳶……」 権「下を見ると、一面に畑があった」 主「ハア、して見ると、茄子畑かな」 権「ナーニ、あんた南瓜畑」 主「南瓜畑……、それじゃあ、お前、何という夢だえ」 権「一筑波、二鳶、三南瓜というのでがす」 主「それは大変な夢だな。しかし面白い夢だから景物をやろう。目倉縞(めくらじま)(注)が一反に金を二円やるぞ」 (注)よく見ないと縞が見えない暗い色の織物。 権「どうも有り難うがす。ただで貰ったようなものでがす」 主「ナニ……」 権「ヘエ、有難うがす」 主「後(の人)が起きたら、よこしなよ」 権「ヘエ、かしこまりました」 |