宝船
(by三遊亭円遊)

その2

 サア、楽しみなのは御主人だ。もう夜の明けるのを待っておりました。帳場格子の内には景物が山のように積んである。一番早いのが番頭で、

「旦那様、お早うございます」

「イヤ、番頭かえ。どうだ夢を見たか」

「ヘエ、まず私(わたくし)の夢が第一等でございましょう」

「ハア、どんな夢を見た」

「昨晩、私が寝ますると」

「ウム」

「富士山の途中まで登りました」

「お前が………、ウム」

「途中まで参りますと、鷹が二羽おりまして、下を見ますると一面の茄子畑で」

「ウム」

「一富士二鷹三茄子と申します。これはその夢の司(つかさ)だそうで、これより好い夢はありますまい」

「ウム、それは結構な夢を見た、景物をやろう。マァお前のが一番良さそうだ、糸織が一反に金を五円やろう」

「有難うございます」

「目が覚めたら、後(の人)をよこしなよ」


 番頭が景物を貰って参りますと、兵衛(さへえ)という若者が起きて参りまして、

佐兵衛「番頭さん、お早うございます」

「佐兵衛さん、お目出度い夢を見たか」

「ヘエ、貴方は夢をご覧なすったか」

「俺は見たよ」

「アレ、貴方は景物を貰いなすったね」

「ウム、糸織が一反に金が五円」

「一体、貴方の夢はどういう夢なんで」

「どういう夢といって、お前、どうした」

「貴方のを聞かして下さい」

「俺のよりもお前のはどうした」

「ヘエ、私(わたくし)は実は、夢を見ないんで」

「見なくっちゃあ、景物は貰えない。仕方がない、諦めるんだ」

「ですけれども、私も景物をもらいとうございます。貴方の夢を少し貸して下さいな」

「同じような夢では訝(おか)しいね」

「マア、ようございます。大丈夫で、真似はしません。どうか聞かして下さい、どういう夢だか」

「俺の夢は、昨夜(ゆうべ)寝ると、富士の途中まで登った。すると途中に鷹が二匹居る、下を見ると一面の茄子畑、それで、一富士二鷹三茄子といって、夢ではこれが一番良いのだ」

「ヘエ、それで景物を貰ったんですか。どうも有難うございました」

「真似しちゃいけないよ」

「大丈夫で……、ヘエ旦那様。お早うございます」

「オオ、佐兵衛か。貴様、夢を見たか」

「ヘエ、私の夢が一番宜しゅうございます」

「どんな夢を見たか」

「ヘエ、昨晩寝ますると」

「ウム」

「私が富士へ登りました」

「お前が」

「途中を見ますると、鷹が二匹居ります」

「ハテな」

「下を見ると一面の茄子畑、一富士二鷹三茄子といって、これが夢では一番良いのだそうで」

「ハハア、番頭と同じような夢だ。宝船はどうもその夢ばかりかしら……。マア宜しい、景物をやろう。糸織が一反と金が五円………、目が覚めたら後(の人)をよこしな」

「有難う存じます」


 景物を貰って帰ってくると、権助が目をこすりこすり起きて参りました。

権助「ヤア、お早うございます」

「オイ、権助どん。どうしたえ」

「ヤア、あんた景物を貰ったな」

「そうさ」

「あんた、どんな夢を見たか」

「俺は見ない、番頭さんから夢を聞いて行って、景物を貰って来た」

「ハハア、番頭さんの夢を、あんたが貰ったのか。じゃあ、どうだ、俺にも、ハア、チョックラ貸して貰いてえ」

「そう幾度も同じような夢があっちゃあいけない」

「ナーニ、大丈夫だ」

「お前はどうした、見たか」

「それがよ、俺、昨夜(ゆうべ)好い夢を見べえと思って、宝船をがっさり貰って、身体から床の上までのっけて、宝船の中に転がって、今に夢が来るか来るかと、俺ァ寝ていただ。スルと遂に夢を見ねえ内に夜が明けてしまった」

「じゃあ何だね、寝なかったのだね。夢というものは寝なくちゃあ見ねえ」

「だがよ、俺だって夢を見なくっても景物は貰いてえや。番頭さんの夢をチョックラ貸してくれ。どんな夢だかハア、聞かして貰いてえ」

「番頭さんの夢は富士の途中まで登ったので、途中に鷹が二匹居たんで、下を見ると一面に茄子畑。一富士二鷹三茄子といって、これが夢では一等だ」

「それで景物を貰ったのか。それなら俺もやるべえ」

「オイオイ、そう幾人も同じような夢じゃあいけないよ」

「ナーニ、大丈夫だ……、ハイ旦那様、お早うございます」

「アア、権助か。どうだ貴様、夢を見たか」

「見たの何のって、結構な夢を見ましたよ」

「どんな夢を見た」

「昨夜(ゆうべ)、ハア、宝船を貰って行って、良い夢を見ようと思って、宝船の中へ転がって寝ていると、あんた、山があった」

「ハテな、矢張り山か……。富士山かな」

「それがあんた、筑波(つくば)の山よ」

「ハア、筑波山か」

「その筑波へ、俺が登ったんです。スルと途中に鳥が二匹居たでがす」

「ハア、鷹かな」

「ナーニ、あんた鳶(とんび)(※)よ」
(※)残飯や死骸も食うので、鷹よりも低い印象を持つ。鳶が鷹を産むということわざが有。

「鳶……」

「下を見ると、一面に畑があった」

「ハア、して見ると、茄子畑かな」

「ナーニ、あんた南瓜畑」

「南瓜畑……、それじゃあ、お前、何という夢だえ」

「一筑波、二鳶、三南瓜というのでがす」

「それは大変な夢だな。しかし面白い夢だから景物をやろう。目倉縞(めくらじま)が一反に金を二円やるぞ」
(注)よく見ないと縞が見えない暗い色の織物。

「どうも有り難うがす。ただで貰ったようなものでがす」

「ナニ……」

「ヘエ、有難うがす」

「後(の人)が起きたら、よこしなよ」

「ヘエ、かしこまりました」

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