「宝船」
(by三遊亭円遊)
その1

 一席申し上げます。

 年の暮れは、皆様が大層お忙しいが一夜明けまして正月となりますると、気が悠然といたしまして、何となく良い心持ちなものでございます。

 その内でも御大家様では、一月というと色々な又楽しみがございまして、大勢集まって福引などというものが、だいぶ流行して参りました。その以前では、子供衆のお遊びで、歌かるた、双六などというものをやりました。

 当今、又、歌かるたは盛んになって参りましたが!中には旦那様がお好きで、歌合せをするなどという、このくらい楽しみな事はございません。家中を集めて内輪同志で楽しみをする、誠に結構なものでございます。

 一夜明けると、昼間は誠に賑やかでございまして、二日の夜になると、お宝お宝、と言って売って歩く(人がいました)。彼は「宝が有り余る」というと、その“宝船”をこしらえて売りに出た。仕合せの悪い時には、「今年は縁起直しに宝船を売ろう」というので、売りに出るのでございます。


 これはあるお商人(あきんど)様で、夜分になって番頭をお呼びになりまして、

主人「番頭や、一体、彼の“宝船”というものは、どういう訳のものだ?」

番頭「左様にございます。私(わたくし)はよくは知りませんけれども、あの宝船を買いまして、枕の下へ当て、その晩寝たんだそうで、そういたしますと、まず初夢を見る、その初夢が結構な目出度い夢を見るそうでございます。それで夜分、みんな宜しい夢を見ようというので、枕の下へやって寝ます」

「ハア成程、それじゃァ、そいつを買って枕の下へやって寝ると目出度い夢を見る……(、という事か)」

「ヘエ、私がた、受け合い申す訳にはなりませんが、昔からマア見ると例えてありますから、大概は見るのでございましょう」

「お前が受け合うか」

「受け合う訳にはなりませんが、あるそうでございます」

「ハハア、それは面白い。俺はまだその宝船を買ってやって寝たことがない。こうしよう、お前がたも大変に骨を折ってくれ。家中のものがよく働いてくれるから、宝船屋から宝船を買って、それを家中でやって寝てしまう。で、朝までに各々目出度い夢を見た者には、それぞれ景物をやる」

「成程、それは結構なご趣向で」

「まず、俺の気に入った良い夢を見た者には、こうしましょう、それで糸織りが一反、金子を五円()やりましょう」
(※)この落語が語られたのは、明治30年代後半と推測される事から、現代(09年)に換算して、およそ5万円から6万円強の額か。参考ページ

「それはどうも結構でございます」

「それに準じて、また目出度い夢だったら、それぞれ景物をやるから」

「それは結構でございます」

「番頭や、お前店に居て、宝船屋が来たら呼んでくんな」

「エエ、宜しゅうございます」


 店へ参りますると、丁度よいあんばいに、大きな声をして威勢の良い宝船屋(がいました)。

宝船屋「お宝、お宝、お宝。宝船、宝船」

「おお、宝船屋さん」

「ヘエヘエ」

「宝船を買いますよ」

「ヘエ」

「どのくらい、あるんだね」

「どの位、といって数が知れません」

「イヤ、数の知れぬほど宝船がある。そっくり買ってあげよう。いくらだえ」

「左様でございます。十万円ばかりにお負け申してあげましょう」

「十万円、そんな冗談を言わないで、なみの値をお言いな」

「ヘエ、負けろと言えば、負けます」

「じゃあ、どうだえ、相当の値で」

「相当の値というのは、幾(いく)らでございます」

「幾らといって、全体、幾らならいいんだ」

「じゃあ、マア、一円ばかり下さいまし」

「大層違うな、十万円と一円とは…、それでいいのかえ」

「ヘエ、宜しゅうございます。ソックリ置いて行きます」

「アノ、宝船屋さん、台所へ廻んなさい。酒をご馳走するから」

「どうもご馳走様で……」

 それから宝船屋を台所へ廻してご馳走をして帰しました。サア、旦那様はお楽しみで…。

「番頭や」

「ヘエ、宝船屋が参りましたから、十万円宝船を買いました」

「そんなに買ってどうするんだ」

「数が知れないと言うので」

「宝船の数が知れないというのは、目出度いな」

「その宝船を一円に負けました」

「ハア、それは面白いことを言う奴だ。十万円の物を一円に負けたか」

「ヘエ、それで宝船がこっちの手に入りました」

「そうかえ、じゃァ、その宝船を段々取りに来なさい。皆ここへよこしな」

 サア、騒ぎで、家中の者が残らず宝船を貰いに参ります。誰しも良い夢を見たいから、コレなら良い夢を見るだろうと、小僧などが宝船を沢山、貰って来て、自分の床の上へ敷いたり、身体へ貼り付けたりして、まるで宝船の中に転がって居るような騒ぎ。
 権助(ごんすけ)も、俺も良い夢見るべえというので、宝船で紙捻りをこしらえまして、それを腹巻にして、頭から身体中、宝船の中へ寝た。

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